生まれ変わり

三鹿ショート

生まれ変わり

 交際を開始するにあたって、恋人から求められたことが一つだけ存在していた。

「何を告げられたとしても、私の母親には関わらないでください」

 恋人の母親には会ったことがないが、その口ぶりから察するに、何らかの問題を抱えた人間なのだろう。

 私は首肯を返したが、問題の人物は自ら私の前に姿を現した。

 恋人の母親であることに違和感が無いほどに、母親と娘はよく似ている。

 年齢とは裏腹に若々しい外見の持ち主で、娘と同じ格好をすれば姉妹だと間違う人間が多発することだろう。

 だが、何故彼女が私の前に現われたのだろうか。

 そもそも、私の住所を知らないはずである。

 それを問うたところ、娘の持ち物から知ったということだった。

 其処までのことをしてまで私に会おうとした理由は何かと訊ねると、彼女は私の手を握り、涙を浮かべながら、

「あなたは、私の夫の生まれ変わりに違いありません」


***


 彼女の夫であり、私の恋人の父親は、既にこの世を去っている。

 夫をこの上なく愛していた彼女は、夫を忘れることができず、悲痛の日々を送っていたらしい。

 そんな中、娘と交際を開始した人間が、愛していた夫と同じ外見であることを知った。

 夫がこの世を去った年と私が誕生した年が一致していたため、なおさら運命的なものを感じたようだ。

 娘の恋人だったが我慢することができず、彼女は想いを伝えるために、私に会いに来たということだった。

 しかし、そのようなことを告げられたとしても、私には彼女の夫だった際の記憶が存在していない。

 ゆえに、彼女が夫の生まれ変わりだと主張したところで、私は彼女の夫に似ているだけの人間に過ぎないのだ。

 それを告げると、彼女は残念そうな表情を浮かべた。

 だが、何かを思いついたのか、私の手を掴むと、それを自身の豊満たる双丘に触れさせた。

 突然の感触に、私は驚き、慌てて手を離した。

 何のつもりかと問うたが、彼女は答えず、自身の肉体を私に密着させた。

 恋人とは異なる熟された香りが、私の脳を痺れさせる。

 同時に襲いかかる柔らかな感触に、私の股座は無意識的に反応してしまった。

 それを撫でながら、彼女は甘い声色で私に囁く。

「もう一度愛し合えば、思い出すのではないのでしょうか」

 その言葉で、私は一瞬にして獣と化した。

 彼女を自宅の中へと連れて行くが、寝室に向かわず、玄関で唇を重ねながら、互いの身体を弄っていく。

 気が付いたときには、夜が明けていた。


***


 それから私は、彼女の肉体に溺れた。

 私に笑顔を見せる恋人を目にするたびに、私は罪悪感に苛まれる。

 だからといって、彼女との関係を終わりにするようなことはしなかった。

 彼女の味を知ったことは、私の人生においてこれ以上は無いほどの有意義なものだったのである。

 彼女は麻薬のような存在であり、私は四六時中、彼女のことを考えるようになってしまった。

 今ならば、恋人の言葉を理解することができる。

 しかし、其処で疑問が生まれた。

 恋人は、まるでこの未来を知っていたかのようではないか。

 彼女と関わればこのような事態に至ると知っていた理由は、以前にも同じような事件が存在していたからではないのだろうか。

 私は、恋人の知り合いに接触していき、私の恋人と以前交際していた人間たちのことを訊いていった。

 その結果、私の予想が的中した。

 かつて私の恋人と交際していた男性に会うことができたのだが、その男性は彼女に誘惑され関係を持ち、そのことを恋人に知られたために、破局したらしい。

 似たような話が次々と出てきたために、私は彼女を不審に思うようになった。

 もしかすると、彼女は娘の恋人を奪うことを愉しんでいるのではないか。

 そのような思考が脳を支配するようになったために、彼女との時間を楽しむことが出来なくなった。

 当然ながら、彼女はその態度に疑問を抱き、私に問うてきた。

 私は、彼女の目を見つめながら、

「あなたは、娘に何か恨みがあるのですか」

 私の言葉を耳にした瞬間、彼女の表情が固まった。

 やがて彼女が浮かべたものは、今まで目にしたことがないような忌々しげな表情だった。

「あの子が、私の愛する夫を奪ったからです」

 いわく、彼女の夫は、道路に飛び出した娘を救うために、その生命を犠牲にしたらしい。

 父親として当然の行為ではないかと私は考えたが、彼女はそうではなかった。

 ゆえに、その返報として、彼女は娘の恋人を奪うようになったのだ。

 彼女の態度から察するに、何を告げたとしても、その思考が変化することはないだろう。

 あまりにも哀れな関係性に、私は同情した。

 だが、彼女が私を愛した理由というものが娘に対する報復だということは、私を愛しているわけではないということになる。

 私も彼女という人間ではなく、彼女の肉体を愛していたために、偉そうな言葉を発することはできない。

 しかし、私にはわずかな愛情すら向けられていなかったことを知ると、途端にその熱が冷めた。

 それから私は、彼女に会うことを止めた。

 我が恋人と共に土地を離れ、別の場所で生活を開始した。

 これまでの罪を償うかのように、恋人を愛するようになったためか、今でも関係は良好である。

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生まれ変わり 三鹿ショート @mijikashort

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