第10話 ゴブリン1匹も倒せない
「ん!何だ!?」
タニカルさんが前方遠くを見て、馭者台の足元に置いていた武器をとる。前方からゴブリンが5体飛び出してきた、そしてうち3体は脇に人族の子供を抱えていた。
タニカルさんは「ルモア!」と叫んで、素早く荷馬車を降りて剣を構えて、ゴブリン達と対峙する。少し遅れて、ルモアさんが格闘用の小手を身につけ、素早い動きでゴブリン達の退路を塞ぐ、すごい反応速度だ。
起きてすぐ状況を確認して、最善(子供達を連れ去れない様に)の行動をする。
元冒険者と言っていたがこの世界の冒険者ってみんなこんなもんなのか?だが、私をもっと驚かせたのはゴブリンの行動だった。
ゴブリンは冷静に、子供を抱えた3体ともダガーを抜いて、子供の動脈付近に押し当てる。モニカの読み聞かせで知った情報では、ここまで高い知能を持っていないと思っていた。
タニカルさん達も驚いている、おそらく異常事態の様だ。ゴブリンの予想外の行動にタニカルさん達が手を出せなくなっている。ゴブリンの1体が子供の首にダガーを押し当てながら、武器を捨てろと言う仕草をして、武装解除を促してくる。
まずい状況だ。ゴブリンが人質の有効性を認識してしまった。タニカルさんはもう手出しできない。最悪、タニカルさん達の命は取られないにしても、子供を連れ去り逃してしまうのは必至。
私はタニカルさんに目線を送る、策があると。気づいてくれるだろうか。タニカルさんは意図を理解してくれたようだ。少し、コクと首を縦にほんの少し動かす。
すると、荷馬車から緊張感の無い声を発しながらモニカが起きてくる。今まで寝ていた様だ。荷馬車も急停止して大きく揺れただろうに、図太い神経なのか?
だが、ゴブリンもモニカに気を取られ隙ができた。威力の高い石弾は使えない、外したりして子供に当たると大惨事だ。もっとも使い慣れた魔法で行く。
『火矢』2倍がけを3分割し、威力を下げ、圧縮し、その分射撃速度をギリギリまで高める。そして精密射撃、正確に迅速に、素早く動き回るスライムの核を狙うのとは違う、動いていないものを外す事はない。何百と練習してきた行動だ。絶対成功させる。
ゴブリンもタニカルさん達と対峙していて足を止めている。子供のクビに当てているダガーも止まった状態だ。狙うはダガーを持っている手の親指、私が手を横に振り、3つの細い火矢が発射される。
速度は通常の『火矢』の5倍以上、圧縮された『火矢』は細い3つの光線の様に見えたであろう。ゴブリンの親指に着弾。3体とも親指の第一関節に穴が開く、ゴブリンは激痛で武器と子供を思わず落とす。
ゴブリンも人質の有効性をわかっていたからか、もともと子供を殺す気はなかったのか、強くダガーは押し当てられていなく、子供に危害はなかった。
そして、次にゴブリンが子供や武器に手を伸ばした時には、タニカルさんとルモアさんによって地面に沈んでいた。一瞬のことだった。
タニカルさんは一振りで2体のゴブリンの首を落とし、次の一振りで1体の胴を両断、ルモアさんは見えないジャブで2体のゴブリンの顔を殴り、必殺の回し蹴りで2体同時にゴブリンの首をへし折る。
二人ともめちゃ強い。俺のアシストいらなかったのじゃね?モニカは「え?」「なになに?」と緊張感のない声で戸惑っている。
この娘は・・・、だが、今回はこれに助けられたのも事実、タニカルさんも強く怒れず、モゴモゴしている。
「子供は無事か?」
子供に近寄り、子供を抱えているルモアさんに聞く。タニカルさんは念のためゴブリンの死体を離れたところに纏めている。
「怪我はない様です。ゴブリンが落とした時の擦り傷ぐらいです。」
だが、これだと村が心配だ。ルモアさんとモニカが子供達を荷馬車に乗せ、急ぎ村にむけて発進する。村はゴブリンの襲撃を受けた様だが、それほど被害はなかった様子だ。一番の被害は三人の子供の連れ去りだった様だが、タニカル夫妻の活躍で何とか無事にすんだ。
夜は交代で見張りを立てる様だ。村長宅に招待されたタニカル家族と私はとても感謝された。村長はお礼に宴会でも催したいが、まだ問題が解決しているか不明なので、待って欲しいと行ってきた。
私もタニカルさんも宴会は断った。とにかく状況を整理しましょうと、タニカルさんが村長さん達と話し合う様だ。
「ルシア様も来て頂けますか?おそらくルシア様のお知恵を借りることになると思います。」
いやいや、私はそんなに頭良い方じゃないよ。まあ、この状況で情報もなしで安心してのんびりもできないし、作戦会議には参加した方が良いな。
タニカルさんは私のことをざっくり説明すると、村長さんはなにを言われたか知らないが、もう問題が解決したかの様な晴れやかな顔をして握手を求めてくる。タニカルさん、なにを言ったのだ。俺、そんなにやくに立てないよ。
奥でモニカが自分のことの様に私のことを自慢している様で、村人達が「おお!」とか「助かった!」とか言っている。私はプレッシャーに弱いのだから、あんまりみんなを期待させる様な事言わないでよ!
「子供達を救ってくれてありがとうございます!」
泣き腫らした目の妙齢の女性が近づいてきて、お礼を言う。
「いやいや、救ったのは主にタニカルさん達だよ。ゴブリンの逃走妨害し、一瞬で5体のゴブリンを倒し、状況判断もさる事ながら、戦闘技術も現役冒険者顔負けだったよ。私は大したことはしていないよ。」
ひらひらと手を振って、本当のことを言う。マジで武器を落としただけだし。
「いえ、あの状況で私もルモアも手を出せずじまいでした。今思うと、ルシア様がいなかったらゾッとします。」
そんなものかな、タニカルさん達を動ける状況を作ることだけ考えていただけだが。
「あと、ゴブリンの親指だけを狙った魔法攻撃、しかも、3体同時に、あんな魔法は初めて見ました!」
「まあ、でも、小手を装備している様なフルプレート装備の対象には役に立たないのだけどねえ。」
「いえ、ルシア様なら、その状況で最も効率の良い方法で窮地を打開できると思いますよ!」
ベタ褒めだな。まだ、褒め慣れてないから、ストレスになる。
「だが、あれが出来たのも、モニカのあれがあったからだし、一番の功労者はモニカかもしれないな。」
タニカル夫妻も苦笑いで「そうですね」と言って、とうの本人は「なになにー、何の話?」って聞いてくる。
とにかく、状況を確認して、対策を考えないとね。
「まず、ゴブリンの襲撃はいつから?今日が初めて?」
「先週に、2回ありましたが、自警団で追い払えるレベルで、大したことないと高をくくっていました。」
「聞きたいのだが、子供達がさらわれた時、周りに大人はいたかい?」
「ええ、先ほどルシア様にお礼を言っていたリサと、他の子供の母親達がいました。」
「みんな、そのリサさんと同じぐらいの年齢かい?」
「ええ、そうですけど」
ジト〜とモニカが見てくる。(?なんか変な事言ったかな?)
「ルシア様はこんな時になにを考えているんですか?ああいうタイプがいいんですか?」
モニカが訳のわからないことを言い出す。
「は?モニカなに言っているんだ?」
モニカは何か勘違いしている様だ。
「モニカ、教本にあったゴブリンの習性を言ってみろ、モニカが言い淀んでいたところだ」
「えっ、ルシア様、なにを言わせるの!」
モニカが顔を赤らめる。
「モニカ、もういいから下がりなさい。ルシア様、ゴブリンはうら若き女性を襲って、連れ帰り、弄んだあとにゴブリンの子供を産ませる、ですね。」
「ああ、子供をさらって、それを探して来た女性を襲ったりする時に子供を使うことはあっても、習性上、優先順位の高い女性がいるのに子供を狙うことが異常だと言うこと。」
「ルシア様それって・・・。」
モニカはあまり理解していない様だが、タニカルさん、ルモアさんは顔が強張っている。
「先の戦いでゴブリンはとても冷静に人質をとっていた。ゴブリンを統率する上位存在がいる。しかも、敵情調査をしてからの実行。ゴブリンの上位個体程度ではないと思う。魔術師か、死霊使い。」
「ルシア様、魔術師はわかりますが、なぜ死霊使いの可能性があると思うのですか?」
「子供を狙った様だから、最も生命力に溢れた生贄として、何かを召喚、もしくは復活させようとしたのでは無いかと思ったのだが・・・。」
「な、なるほど、そうすると辻褄があう。」
まあ、子供を生贄に使う話はゲームに多いから、そうなのかな〜と思っただけだけど。
「取り越し苦労で終わればよし、最悪の事態も考えておくべきだからね。」
本当に最悪の事態は考えておきたいよ。変なのに巻き込まれると一撃死とか嫌だし。
「ここらに、ゴブリン達を住まわせて隠れられる様なところはあるのか?」
「それなら、もしかしたら、1年前にしめた坑道かもしれません。最近、国家間の戦争がなくなり、鉱石の需要が減っているので、穀物一本で行こうと話し合って、坑道を閉めました。でも、また必要になればいつでも開坑出来るように、半年に1回は点検をしようと決めており、少なくとも、1ヶ月前までは異常は見受けられませんでした。」
「他にゴブリンがまとまって住めるところは無いのだね。」
「ありません、野宿なら見回りの自警団が見つけるでしょうし・・・。」
「なら、急ぎ、国の騎士団に連絡して討伐してもらう方が良いだろう。念のために町の冒険者に調査依頼も出すのも良いかも知れない。」
モニカが不満そうに言う。
「えー、私たちで討伐しちゃわないのー?」
私が何かを言う前にタニカルさんが嗜める。
「敵に魔術師がいて、数の多い敵がいて、ダンジョンに陣取っている場合、私たちだけでの攻略は無謀すぎると思う。」
「お父さんとお母さんとルシア様がいれば何とかなりそうだけど、あと私もいるし!」
「こら、モニカ、簡単に言うんじゃない。ルシア様の考えは正しい、冒険者になるなら無謀な行動は命取りだ。だからモニカは・・・・・。」
タニカルさんがちょっと怒り口調でお小言が始まる。ここは否定から入らず、意見をぶつけ合うべきだな。否定から入ると蟠りが生まれる。お互いにディスカッションして、理解を深める方がいい。新たな発見もある。
私はこれでもディレクションでエンジニアには話のわかるディレクターと言われていたのだ。ただ、強く言われるのが怖い、臆病者なだけだが、だからと言って仕事でエンジニアが別の方向に向かっていた場合は修正しないとだめだ。
頭ごなしに言えない私は、いつもディスカッションして、情報を与え、エンジニアに気付かせ、エンジニアがそうあるべきだと思い込ませる様にして、ハレーションを起こさない様にしてきた。だってギスギスした中では働きたく無いもん。
あとは、村人達に安心を与えるという事も考えて、状況を整理してあげよう。現状がわかれば少しは落ち着くだろうから。
「モニカ、ちょっと俺の考えを聞いてくれ、そして足りないとこ、見落としているところを補強してくれると嬉しい。」
まず、統率の取れたゴブリン、司令官がいてゴブリンの習性すら押し除ける強制力。魔法か魔法のアイテムでゴブリンを操っていると思う。
確かに、一切の無駄な行動をさせない強制力を持った上位のゴブリンが居ないとは限らないが、その場合はそのゴブリンが全軍率いて村を制圧しているはず。
教本にあったゴブリンロードがいたら、もう騎士団でも苦戦は必死、国家をあげての討伐になる。なので、高い確率で、操る魔法か魔法アイテムになり、魔法のアイテムの場合でもある程度の知能と知識を必要となるはず、その場合は中途半端な魔術師が相手だったら楽なのだが、魔術は使用者の力を上回る時もある、暴走だ。
最悪、自分の劣勢を感じ取り自分もろとも道連れみたいな魔法を持っている場合もある。子供を拉致する輩がまともな魔法ばかりとは思えない。これがまず、第一の脅威。
「モニカ、何か補足あるか?」
モニカは無言だ。まあ、少しは落ち着いたみたいだし、あとで意見を聴こう。
次に第二の脅威、多勢に無勢であること。ゴブリンの残りの数はわからない、5体はタニカルさんたちが倒したが、もう打ち止めと言うことはないだろう。
ここで、村長から、最初の偵察で村の周りを3人グループで5グループを確認したと付け加えてくれた。近づくと逃げ出したので深追いはしなかった様だ。正しい行動だ。
ここの自警団はしっかりしている。罠の可能性もあるし、揺動の可能性もある。
優先順位をしっかりわかっているね。村を守ることが最優先事項で、この情報を村に持っていく事が一番大事だ。
(私は仕事でいつも上司に優先順位がわかっていないと怒られていた。ゲームとかなら何となくわかるのだが・・・。)
自警団を褒めた様に聞こえたのか自警団のリーダーらしき村人が、ちょっと誇らしげだった。最低でもあと10体以上いることになる。ようはタニカル家族と私四人で20体のゴブリンを同時に捌けない。
全員近接武器だけでくれば何とかなるかも知れないが、ゴブリンも馬鹿じゃないだろうし、統率され少し頭もよくなっている。身近な石や弓で攻撃されたらひとたまりもない。タニカル夫妻なら飛んできた矢を切り伏せたりできるかも知れないが、私やモニカには無理だろう。
それに、少なくとも私の様なモブ魔術師は前衛が居て、じっくり魔法構築できる環境で初めて機能する。多数の攻撃をくぐり抜けながらは絶対無理である。おそらく足で纏いになる、確実に。
「そんなことないよ!ルシア様なら絶対に何とかするよ!」
なにを根拠に言っているのだろう。「剣狩り」の時もファルスが留めておいてくれたし、私への攻撃を、身を呈して防いでくれたから、くぐり抜けられた。私単体で何とかなるのはスライムか蝙蝠ぐらいである。
いやマジで!変な買い被りでプレッシャー与えないで!多勢に無勢ではいかに凄腕冒険者でも手に余る。無双ゲーの主人公では無いのだよ。
「俺のことはともかく、補足はあるかい?何でもいいんだよ。新たな発見があるかも知れない。」
「この村の自警団も連れて行けば可能?」
おずおずとモニカが答える。お、良い着眼点、読み聞かせ勉強法が役に立ってきているか?
「良いとこに気付いたね。それもありだが籠城された場合、大人数でゴブリンのダンジョンに潜るのは危険だ。狭い通路で同士討ちもありうる。だが、着眼点は良い。みんなが動ける状況を仕立て上げれば何とかなる可能性はあるな。」
まあ、全軍で攻めてくる事ができるくらいならすでにやっているはずだから、魔術師(仮)は慎重派で籠城を選ぶだろう。モニカは「やった!」と得意げになる。
「魔術師(仮)は慎重派の様だ、偵察部隊を5グループ出す慎重ぶりだ、一人二人倒されても情報を持って帰れる様に三人体勢にするとか異常だ。あと慎重な魔術師はそれだけでも脅威でもある。さすがに全軍で偵察みたいな事をするとは思えない、残りは2〜30はいると見ていた方が良いだろう。」
そして第三の脅威。モニカが「まだあるの?」とゲンナリする。脅威度が高いものだけピックアップしただけだ、おそらく懸念事項はもっと出てくるはずだ、臆病者の私はリスクヘッジ能力だけは高いんだ、たまに調子に乗って失敗するけどね。
「第三の脅威はダンジョン攻略だ。私たちに探索技能を持っている人はいるか?」
タニカルさん、ルモアさんに目を配る。慎重さのかけらも無いモニカが持っているとは思えなく、無視する。
「いえ、私たちは持ち合わせていません。冒険者時代も仲間に任せていましたし・・・。」
まあ、当たり前だ、役割分担だ。人の役割を取ってしまうと喧嘩になる。仕事ではみんなで何でもできる様にしましょうと言われることもあるが、一番できる人に任せるべきで、その人が抜けたら代わりの人を見つけ出すのがマネージメントの仕事だ。中途半端にできてもあまり良く無い。
ただ、経験をするのはありだ。一度経験させると、この役割はこう言うところが大変とか、こうされると動きやすいとかわかると、相手の大変なところや困っているところに気づけて、助け合う事ができる。
役割の内容を分からずに相手を無能呼ばわりしているとハレーションが起きる。まあ、そこまで考えて組むパーティーはいないだろう、この考え方は現代社会の仕事の考え方だ。
「ダンジョン探索で探索技能は必須、慎重な魔術師(仮)がアジトに罠を張らない理由が無い。大きな罠は1ヶ月そこらで設置できるとは思えないが、簡単な罠でも、そこに多勢のゴブリンが入れは十分脅威だ。盗賊技能なしで向かうのは無謀だ。」
「他にも懸念事項はいくつかあるが、これくらいにしておこう。モニカ、補足はあるかい?」
モニカが唸っているが出そうに無いので、明日にでも中央の騎士団に報告と、念のため近場の冒険者に村警護の依頼を出す事で決定した。村人たちも私の発言で、少しほっとした様だった。
現状を正しく理解している(様に見える)人がいると安心出来るもので、不安はあるが解決できないわけでは無いと思えると、気分は断然楽になる。見えない恐怖や不確かな事柄に人間は恐怖するものだとゲームでも言っていたし。
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