第9話 子供のやる気スイッチ探しましょう

 荷馬車を走らせていると、モニカが唸って何かの本を読んでいた。


「あー、もう、無理、意味分からない。」


 どうやら、戦術の教本の様だ。モニカはじっと勉強できるタイプではないらしい。


「お母さん、久々に組み手しようよ。」


「モニカ、まだ読み始めて、少ししか経ってないわよ。」


 ルモアさんが嗜める。


「だってー、つまんないんだもん。」


 駄々っ子である。こういう子供にはこうやれば良いと動画にあったな。


「モニカ、それ、俺に読み聞かせてくれないか?ずっと我流だったから、他の人の戦術も勉強してみたい。頼むよ。」


 モニカにお願いをする。ただの勉強だからやる気が出ないのだ。何か別の要因を付与してあげると良いらしい。あんま、わからないが・・・。


「しょ、しょうがないな〜。」


 モニカが嬉しそうに、教本を開く。そして、パンパンと膝を叩く。


(?)


「読み聞かせなんだから、膝枕で聞かせてあげる。年下の子に膝枕に寝かせて読み聞かせるのって、ちょっと憧れてたんだ〜。」


 目をキラッキラさせて言う。まあ、仕方ないか・・・。ちょっと恥ずかしいが・・・。


「分かったよ。」


 そう言って、モニカの膝に頭を乗せる。見上げると、モニカがニッコニコして見下ろす。目があって、恥ずかしくて、早く読めと促す。


 そうして、モニカが教本をゆっくり、本当に読み聞かせる様に読み出す。下から見上げるとモニカの年齢にしては少し大きめの胸でモニカの顔は拝めない。〜っ、これはすごい光景だ。


 おっと、30歳位年下の少女に変な気起こすなよ、通報される!目をつぶって集中、集中。しばらくして教本を読み切った様だ。


「はい、おしま〜い。」


 膝枕されたまま、パチパチと拍手をし、お礼を言う。教本は2冊読んで貰った。


 一つは冒険者としての基礎知識編、もう一つはおそらく物心ついた子供に読み聞かせる内容の本だった。モニカがもう少し読み聞かせしたくて選んだ本だった。


 ただ、子供向けの本がとても興味深かった、いわゆるこの世界の常識的な話だった。この世界に生きる物たちは神様の先兵で邪の者、いわゆるモンスターに分類される者たちを討伐する兵だと言うこと。


 もちろん、言い方は神様のために戦ったり食べ物作ったりしましょうね〜。

と言う感じではあったが。あと、レベルやパラメータは数字で認識できるのも常識として認識されている。私からするとゲームみたいと思うところだが、この世界の生物はそれが普通だと言うこと。


 まあ、魔法がある世界だからトンデモ設定は普通にあるだろう。ギルドカードや市民カードにはパラメータを出す機能が付与されていて、基本身分証明書として持たないといけない(再発行可能)。


 ますますゲームみたいだが、数値で把握できる様になったのは実はここ1000年ほどで、とある大賢者がそのシステムを作った様な話だ。


 大賢者アンドューだよねそれ、子供向けだから名前まで出さなかったのかな。話には続きがあって、レベルと経験値とパラメータのことについて話されていた。


 レベルとは一定の経験値(エーテル)を貯めるとレベルが上がり、戦闘スキルの威力が上がったり、生命力・魔法力の容量が増えたりし、レベルまでの戦闘スキルを習得できる。


 また、生活一般スキルにはレベルに影響しないとなっている。次に経験値の取得方法は、基本的に神に敵対するモンスターに与えたダメージ量で、討伐するとより多い経験値が得られる。


 自分より高いレベルの対象を治療するとより多い経験値が得られる。この本には更に面白いことが書かれていた。領民の安全の為に、騎士や冒険者護衛の元、3レベルぐらいのレベルアップを手伝う仕組みを持っている国や街、村がある様で、みんなもお父さんについて行ってモンスター討伐に参加する様にと書かれていた。


 ただし、これは人族で一般手な風習にはなっているが、他の種族ではあまりやらないとも書かれている。読み聞かせ途中でモニカに聞くと、


「私もやったよ8歳の時に、街のみんなでスライム退治。騎士さまに守られながらで、楽しかった。」


 一般人にも最低限のレベリングをするのか。パラメータについては、年齢で上がったり下がったりする場合、訓練で上がる場合、希少なアイテムで上がる場合、神様の恩恵で上がる場合があるそうだ。


 訓練であげるのは長期間行わないといけないし、怠けると下がることもある様で、前世の世界とあまり変わらない様だ。


 そうなると私のパラメータアップは神様の恩恵ってやつなのかな。神様、何なら経験値の方をなんとかして欲しいです!


 子供向けの本はこれぐらいだが、神々の先兵か、誰が解釈して伝えたか分からないが、それが常識な世界なのか。つーか、私、村人や子供にレベルで負けているんじゃないの?


 もう一つの教本は駆け出し冒険者の為の基本知識などが盛り込まれており、心構え、ダンジョンでの注意点、やってはいけない事、やるべき事、仲間との連携や、役割事の優先事項など、とても面白かった。


 また、ポピュラーなモンスターの特性も入っていて、この世界の初心者の私にはとてもためになった。このまま、膝枕だとまた、モニカと目があって気恥ずかしいのでむくりと起きて、もう一度お礼を言う。


 モニカはまだそのままで良かったのにと口を尖らせる。


「モニカ、ありがとう。とても参考になったよ。他の人の経験や考えを聞くことはとてもためになる。」


 モニカも読み切った達成感もあったのか、ちょっとドヤ顔だった。


「お母さん、全部読み切ったよ!組み手しようよ。」


「しょうがないわねえ。」


「やったー。」


 本当にタメになった。聞かされた話を頭の中でまとめて置く。よくあるファンタジーである所はあまり変わらない様にも思える。


 ジャンル的にはテレビゲームみたいにダメージ9999みたいなぶっ壊れた世界ではなく、どちらかと言うとテーブルトークアールピージのファンタジーゲームの様に色々な手段・方法で問題を解決していく現実的?な世界の様だ。


 ひとまず、安心だ。


 指先一つで強者が無双する世界だと私みたいのモブはひとたまりも無い。後者ならモブにも戦い方・生き抜きかたがある。いろいろ、考察していると、タニカルさんと目があう。


 タニカルさんは、モニカに教本を全部読ませてくれてありがとうの意味か、無言でお辞儀をした。勉強嫌いの子供を持つお父さんは大変だ。しかも、冒険の教本は生死に直結するからちゃんと学んで欲しいと思っているだろう。


「ルシア様はどこで魔法を学んだのですか?小人族の魔法使いはとても珍しいので。」


「前に話したダンジョンで、死体からの魔石とスライムを狩りまくって、魔石を集めて習得したのですよ。」


「ええ!?魔石から習得したのですか?」


「はい、ああ、人から教授されるより難しいのですよね。」


「ええ、難しいので今どき魔石から習得する人は居ないですね。魔石は魔法道具の作成に使われる事が殆どです。」


 なるほど魔石は基本マジックアイテム用なのか。


「なので、師は無く、全ての魔法は我流となりますね。」


「本当にルシア様はすごいですね。」


「生き残るために、死ぬ気で修練しましたね。」


「おみそれしました。」


「まあ、レベルが1から上がらないので、前提でレベルが必要なのは軒並み使えないのですがね。」


「それで、『剣狩り』を倒したのはすごいですよ。」


「いや、倒したのはファルスだけどね。タニカルさんの剣の腕も相当ですよね。素人の私でも凄さがわかりますよ。」


「いえいえ、それほどでも無いですよ。」


 タニカルさん家族はある程度の戦闘力を備えているから、冒険者を雇わず商売ができている。護衛を度々雇うのもお金がかかるし、時にはその護衛が悪党である場合もある。


 儲かっている商人は信頼のおける冒険者を雇えるが、そうでない商人は安かろう悪かろうの冒険者やチンピラを雇う、または雇わず移動する。しょっちゅう盗賊に襲われる訳では無いらしいが、まれに襲われて命を落とす商人もあとをたたないらしい。


 そういう、雇えない商人達はみんなでキャラバンをたてて、みんなで冒険者を雇い、まとまって移動する。ただ、これは他の商人を出し抜けないので儲けも少ない。

商売は商売仇を出し抜いてナンボの世界。だから、タニカルさんの様に戦える商人は儲けが大きい。


 しばらくして、お昼休憩で荷馬車を止め、軽めのご飯を食べる。そして、モニカとルモアさんの組み手が始まる。


 タニカルさんは大剣、片手剣、二刀流と剣に関して高い技術を持っている。ルモアさんは、弓と格闘技が得意だそうだ。弓兵と油断して近接の間合いに入った敵を必殺の蹴りで何人もの相手を血祭りに上げてきたらしい。


 モニカはタニカルさんに剣技を習い、ルモアさんに格闘技を習い、片手で剣をふり、片手で格闘技を放ったり、足技を使ったりと対応力の高い戦い方を得意としているらしい。


 ルモアさんとの組手も様になっている。私なんかより断然強いと思う。しかし、ルモアさんもモニカも綺麗な脚をしているが、あれは凶器だ!


 タニカルさんの言う必殺の蹴りをお見舞いされない様に、言動と行動は気をつけたほうが身のためだな。最後に二人の鋭い蹴りが綺麗に交差し、組み手は終わる。

思わず拍手してしまった。


「何ですか、恥ずかしいじゃ無いですか。」


 ルモアさんが上気した顔で言う。いや、魅入られましたよ。なんか、カンフー映画の格闘シーンを見ている様だった。


「私は、私は!?」


 モニカが身を乗り出す。モニカも上気した顔で、無邪気に子犬の様に戯れてくる。


「ああ、モニカも凄かった、下手なこと言って怒らせて、必殺の蹴りをお見舞いされない様に気を付けようと強く思ったよ。」


「何ですかそれはー。」


 ちょっと怒った様に口を尖らせる。あれ、なんかコメント間違えたかな。

褒めたつもりなのだが・・・。


「でも、それって実力を認めてくれたってことだよね。じゃあ、冒険者になってルシア様と一緒にパーティーも組めるよね!」


 いや、それはどうだろう。どう考えても、モニカはこの先普通に強くなる。

剣士と格闘家の両親を持ち、幼い頃から剣と格闘を身につけて、それを自由に扱えている。後は経験を積めば、上位の冒険者も夢では無い。


 だが、普通のパーティーでいくつものクエストをこなしていけばの話である。私の様のいくら戦ってもレベルの上がらない魔術師と一緒では、できるクエストも限られてくる。それではせっかくの素養がもったいない、と思う。


「う〜〜〜ん。」


 本気で悩んでいるとモニカが「えー、そんなー。」と文句を言う。


 旅は順調で、盗賊やモンスターに出会うこともなく、たまに別の商人にあって、情報や商品を交換するなど、平和な旅だった。もちろん、魔法の訓練は真面目にやった。


 前回、魔法の暴走で死にかけた事もあり、色々考えて試行しながら、魔法の本質を我流ながら勉強していた。と言ってもやっぱり魔法の発動が楽しいからやっているのだが。


 魔法力が無くなっても、魔法が中断されずに生命力の消費に切り替わったのも、ようは魔法の構築ミス、プログラムミスによるバグで異常処理が走ったと考えられる。

魔法を発動し、維持する、それは力を流す処理をループさせたのだが、終了処理が入っていなかった。


 何の根拠もなく、魔法は魔法力が無くなれば、強制的に終了、もしくは発動しないと思っていた。基本はそうなのだろうが、私みたいに通常の魔法をねじ曲げる様な使い方をしていると、通常の処理とは異なるのだろう。


 自分でプログラミングしなおさないといけないらしい。自分で構築・発動、魔法のマニュアル操作といったところか。なので、前回のモニカを治療した魔法は、維持し続ける処置の終了条件を「魔法力が残り5以下になったら終了する」と入れるべきだったのだ。


 まあ、もし、その処理が入っていたらモニカはここに居なかったのだが・・・。そう思うと、自分の愚かさを褒めたくなる。マジ死にそうだったからもう金輪際しないけど。


 そう言うのを試したり、よく使う消費量の制御、魔法分割、精密射撃を正確に確実に使える様、訓練しているのだ。それをモニカは面白そうに眺めては「すごい!」とか「そんな事も出来るの?」とか言っては、目をキラッキラさせている。


 うう、気が散る。


 まあ、こう言う気が散る状態でも魔法を安全に正確に発動させる為の訓練には良いのかもしれないが・・・。


「モニカは教本を読まなくて良いのか?新しい本をもらっていただろう。」


 流石にやり辛くなったので言う。


「あれは、またあとで読み聞かせするから、いいの〜。」


 モニカはあの読み聞かせが気に入った様だ。まあ、私も読むより聞く方が楽なので、ありがたいが、うら若い少女の膝枕で聞くのはちょっと恥ずかしくて少し困る。

おじさん、理性を保つのも大変なのだよ!


「私が居なくても、読んで置くべきだ。やはり、本人がちゃんと理解して置いた方が、読み聞かせも伝わりやすくわかりやすい。前の本は、基礎知識的な物が多かったから、良かったけど、難しくなってくると、ちゃんと読み聞かせが出来なくなってくる。そうだな、あまり理解していないモニカに頼むのも不安だし、自分で読むか。」


 そう言うと、「それはだめ!ちょっと読んでくる!」と荷馬車のほうに戻って行った。どれだけ読み聞かせにハマっているのだ?弟が欲しかったのかな?


 うるさいのが居なくなって、魔法の訓練が進んで良かったが、あとでじっくり膝枕読み聞かせをさせられた。座って自分の太ももをポンポン叩いて、お姉さん目線で呼ばれた時は危うく甘えそうになって危なかった。


 タニカル夫妻、早く弟作ってあげて!夜はもともとタニカルさんとルモアさんが二交代で夜の見張りにつき、昼間はお互いに御者を変わって休みながらやっていた様だが、今は、タニカルさん、私ペアとルモアさんモニカペア二交代で夜の見張りをしている。モニカにも夜の見張りを経験してもらおうと言う事らしい。なので、今はルモアさんとモニカが荷台で寝息を立てている。


「そろそろ、次の目的のイヤレスの村です。ここで何種類かの穀物を買っていきます。ここを出発するのは明後日の朝を予定しています。」


 イヤレス村の穀物はどれも実が大きく美味しいと人気があるが、村長が気に入った商人しか取引をしなくて出回る量が少ないらしい。タニカルさんや他の商人はありがたいが、それでは村の維持が大変だと思う。


 しかし、以前悪徳商人にいろいろやられて、信頼する商人としか商売しない様になあったそうな。この村で穀物以外にお酒が名産らしいが、お酒は運搬が大変で、商売が進まないようだ。上手くいかないものだ。

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