第41話 残して来た者達へ

あれから毎日が慌ただしく過ぎていった。

病院での検査、身元不明の届け、裁判所への手続き、それから養子縁組の手続き、準備だけでも数ヶ月を要した。

その間にも健二の入学や新学期、ジェフリーのおかげで増えた客の対応であっという間に年月が流れた。


夏に入り、八月がもうすぐ終えようとした頃、昼間からジェフリーと純は寝室で絵本を開いていた。

ジェフリーは絵本をなぞり、祈りを込める様に目を閉じる。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「聞こえるだろうか?こちらとそちらの時間の流れが同じだと信じ、声をかける。きっと私との約束を守り、母の命日である今日、そなた達はあの草原にいるだろう。きっと聞こえていると信じて、声が返って来ずとも私は声を届ける」

優しく囁く声は、残してきた愛しい家族へと向けられる。

ジェフリーは、純の元へ来る前に家族に母の命日を伝えていた。

その日は、家族で母の元を訪ねて欲しいとお願いしていた。

そして、届くのかは断言できないが、あの木の側で耳を傾けてほしいと告げていた。

母の命日である今日、純に教えてもらいながら、絵本を指でなぞりながら言葉をかける。

「私は無事にジュンと会えた。今は私の隣で一緒にそなた達を想っている。皆、変わりはないだろうか?私は元気に過ごしている。何よりジュンがずっと側にいてくれる。とても幸せだ。それから、こちらでも新しい家族ができた。ジュンの父殿と弟の健二殿だ。そして、ここで生きて行く為に新しい家族ももうすぐ出来る。皆、私によくしてくれて感謝している。ここに来た事は後悔していないが、時折、幸せの中でそなた達を思い出す。私がいない事で悲しまないで欲しい。

そなた達が想ってくれているように、遠い場所から私も想っている。それだけは、忘れないで欲しい」

懐かしむように微笑むジェフリーに、純はそっと体を預ける。

ジェフリーは純の頭にキスを落とすと、また言葉を繋ぎ始める。

「今日は、前に話したウサギと騎士の絵本を読もうと思う。ここに来て文字を覚えた。まだ幼児が読み書きする程度だが、絵本を読む事ができる。これからは、アリアやダニエルの為にも沢山学んで、毎年本を読んでやるつもりだ」

ジェフリーはそう言い終えた後、一息付くと絵本を開き、物語を読み始めた。

その隣で純がフォローするかのように、一語一句を辿りながらジェフリーの声に耳を傾ける。

心地良い声が部屋中に響き渡り、辿々しくもありながら、しっかりと文字を読んでいくジェフリー。

そして、読み終えた頃、また絵本をさすり目を閉じる。

「お祖母様、ユナ、ロイ、ラグナ、アリア、ダニエル。私の大事な家族。心から愛している。沢山の笑顔で毎日を過ごしてくれ。いつまでも元気で、また来年会おう」

そう言葉を残した後、そっと目を開ける。

すると微かにアリアの声がする。

(ジェフおじさんとジュンに会いたいよ)

その声に2人は驚きの表情で顔を見合わせる。そして、すぐさまジュンが声をかける。

「アリア、聞こえる?あぁ、僕も会いたいよ」

その声に反応するかのように、またアリアの声が聞こえた。

(ジュン!聞こえるよ!今、アリアの名前呼んでくれたよね?)

(僕の声は聞こえる?)

アリアの声の後に、ダニエルの声がする。

(ジェフおじさん、僕だよ。ダニエルだよ。僕とお父さん達の声は聞こえる?)

その声にジェフリーが慌てて言葉を返す。

「いや、聞こえない。アリアとダニエルの声だけだ」

(そうなんだ・・・もしかしたら、ジェフおじさんも子供の頃に会話できてたから、僕とアリアだけ会話できるのかもしれないね)

「ダニエル・・・僕だよ。ジュンだよ。みんな元気にしてる?」

(聞こえるよ。ジュン、泣かないで。みんな元気だよ)

「うん・・・うん。ごめんね、大好きなジェフおじさんを独り占めして・・・」

(ジュン、幸せ?)

アリアの涙声に、純も涙声で返す。

「うん。とても幸せだよ」

(良かった・・・ジェフおじさんとジュンが幸せならいいの)

その声を最後に、どんなに言葉をかけてもアリア達の声は返ってこなかった。

純はジェフリーにしがみ付き声をあげて泣いた。

ジェフリーも静かに涙を流しながら、ぎゅっと純を抱きしめ続けた。

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