第40話 新たな人生

ジェフリーが純の世界へ来て数ヶ月が経った。

力仕事は難なくこなしているが、接客についてはまだ不慣れだった。

だが、ジェフリーの容姿と、紳士的な言葉使いや態度が評判を呼び、いつしか女性客が増えるようになっていた。

純はその事に少し不満ではあったが、ジェフリーの相変わらずな愛情表現を嬉しく思っていた。

そして、それは客の前でも臆する事なく行われ、純との関係は自ずと公認となっていた。


「健二、おめでとう」

営業を終えた店の中で、純がクラッカーを鳴らし、満面の笑みを浮かべる。

あれから無事、健二も高校受験を終え、合格の知らせを受けていた。

今日は常連客も混ざって、ささやかな合格祝いを店で祝う。

その中には、あの老夫婦もいた。

「兄ちゃん、ありがとう」

手にジュースの入ったコップを持ちながら、健二は照れくさそうに微笑む。

それを見た純は目を潤ませながら、良かったねと何度も呟いた。

「安心するにはもう数年かかるけど、一区切りができたな」

父親がそう言いながら、健二の頭を撫でる。

「俺、高校に入ったらバイトしたいんだ」

唐突にそう申し出る健二に、すぐさま純が反対する。

「ダメだよ!健二は僕と違って将来の目標がある。申し訳ないけど、大学費用は多額だから、バイトよりは勉強を頑張って奨学金とかを目指して欲しい。お小遣いが欲しい時はここでバイトすればいいし・・・」

「兄ちゃん・・・俺、まだ大学は悩んでるんだ」

「どうして!?」

「だって、兄ちゃんは俺達の為に進学を諦めた。なのに、俺だけ小さいからとぬくぬく苦労もせずに育って、今度は大学とか・・・」

「健二・・・・。あのね、僕、正直言うと、友達が大学生活楽しんでるのを見聞きしていいなぁと思った事はあるよ。でもね、進学せずに働きに出る人も沢山いる。だから、事情はそれぞれだけど、僕はこういう人生もいいと思ってるんだ。

大変な事も沢山あったけど、それでも父さんが元気でいてくれて、健二が笑って僕を慕ってくれて、それだけで幸せなんだ」

「兄ちゃん・・・」

純の言葉に言葉を詰まらせる健二に、父親がそっと肩に手をかける。

「純一の事でお前が罪悪感を感じる事はない。元を正せば父親である私が悪いんだ。私は健二にも、純一にも自分の思うように生きて、幸せになってもらいたい。純一だって、やりたい事があるなら今からでも遅くない」

父親の言葉に純は微笑みながら首を振る。

「僕は将来の夢もなかったし、本当に後悔してないんだ。それに、今は側にジェフリーさんがいる。僕は父さんと健二がジェフリーさんを認めてくれて、一緒に暮らしてくれてる事に凄く感謝してる。今の僕はジェフリーさんとみんなと、この先もずっと幸せに暮らす事が夢なんだ」

純はそう言いながらジェフリーを見つめると、ジェフリーも純の肩を抱き寄せ、優しく微笑む。

それを見た父親と健二も嬉しそうに微笑んだ。


「その事なんだが・・・」

和やかな雰囲気の中、老夫婦の旦那さんが声をかけてくる。

「ジェフリーくんは、この先暮らして行く為には戸籍が必要だと思わないか?」

その言葉に、みんながきょとんとする。

「記憶が曖昧で、身元を示すものが何もない。それでは、この先問題が沢山出てくる。特に純くんと恋仲なのであれば、この先、どちらかに何かあった時に家族でもない、身元もわからないジェフリーを助ける事も、純くんを助ける事もできない」

そう話す老人に皆が口を閉ざす。

ジェフリーは名前と年以外は記憶がないと、周りには話していた。

公園で彷徨っているのを健二が見つけ、連れて帰ってきたが、純一に惚れ込んで一緒に暮らすうちに恋仲になったと話を広げていた。

「良かったら、私達の家族にならないか?」

老人の言葉に皆が一斉に視線を注ぐ。

老夫婦は互いに顔を見合わせ、にこりと笑った後、純達へと顔を向ける。

「知っての通り、私達は子供を早くに亡くし、ずっと2人で暮らしてきた。他に家族と呼べる者もいない。色々調べたんだが国の制度で、検査やら家庭裁判所やらと面倒な手続きはあるが、無戸籍の者に対する就籍という手続きがあるんだ。

近年、無戸籍である者が意外と多い事が問題になっているらしくて、その中には外国の人やハーフもいるそうだ。それで、一度きちんと病院で検査してもらって、それから裁判所に書類を出してみないか?その中で必要であれば、私達と養子縁組をしてもいい。純くんと恋仲である以上、君達と養子縁組は難しいだろう?」

「そうですが・・・」

老人の話に、父親が言葉を濁す。

「何も心配しなくていい。ここで私達夫婦が楽しめるのであれば、それに越したことはない。その為に必要であれば、私達は喜んで協力する。それに、純一君も健二君も小さい時から見てきた。私達は2人を孫のように思っている。その純くんが幸せになれる手助けをさせてほしい」

老夫婦は優しく微笑んで、言葉を繋げる。

「本当言うとな、老い先短い私達だ。どちらかがそう遠くない未来、先に逝く。その時、頼れる家族がいると有難いのだ。どうか、年寄りの願いを叶えてくれないか?」

そう言いながら頭を下げる2人に、純とジェフリーは顔を見合わせ、小さく頷いた後、2人の手を取りお願いしますと頭を下げた。

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