第36話 愛しい人

三ヶ月後、とある喫茶店で笑顔で接客する純一の姿があった。

さほど大きくない喫茶店には、カウンターの中に細めの男性と、外側に常連らしき老夫婦が座っていた。

まだ、午前中なのもあって、店内は静かだった。

たわいもない話をしながら、老夫婦の前に純一がコーヒーを運ぶ。

それを受け取った老人が笑顔でお礼を言う。

「それにしても、すっかり元気になったわね」

老人の隣にいた奥さんらしき人が、笑顔で純一に声をかける。

「おかげさまですっかり元気になりました」

笑顔で答える順に、カウンターの中にいた男性が声をかける。

「それでも退院してまだ数ヶ月だ。あまり無理をするんじゃないぞ?」

「わかってるよ、父さん。僕より父さんの方が体弱いんだから、無理はしないでね」

純一の返事に、父親は聞き飽きたとばかりに空返事をする。

純一はもうっと頬を膨らましながら、父親にぶつぶつと文句を言う。

それを見た老夫婦は声を出して笑う。

「でも、本当に良かったな。純一くんが階段から落ちて、怪我は大した事ないのに目覚めないって聞いた時は気が気じゃなかったよ。お父さんも健二くんもどれほど心配したか」

純一を心配そうに見つめる老人に、純一はにこりと笑う。

「健二が成人を迎えるまで僕は死にません。なんてたって、健二は僕が育てたようなものだもの」

「出た出た。ブラコンもほどほどにしないと健二に嫌われるぞ」

父親はそう言いながら笑う。純はありえないといいながら笑い返した。



気付けば窓の外は暗く、時計の針は20時前を指していた。

純一は最後の食器を洗い終わり、小さなため息を吐く。

父親は先に二階の自宅に戻り、食事の準備をしていた。

看板を仕舞うためにカウンターから出ると、カランと低い鈴の音が鳴る。

振り返ると健二が立っていた。

「兄ちゃん、もう終わり?」

「終わったよ。今日は塾だっけ?」

「ううん。無かったんだけど少し図書館で勉強してた」

「そうか。あまり棍詰めたらダメだよ」

「わかってる。でも、あと数ヶ月で高校受験だ。失敗はできないよ」

「健二、失敗してもいいんだよ。諦めない事が大事だ。それより、もう肌寒くなってきたのに、無理して体調崩す方が心配だよ」

「本当に心配性なんだから・・・あ、それより・・・」

健二は思い出したかのように、もう一度ドアを開け、誰かに話しかける。

純一はこんな時間に誰だろうと不思議そうにドアを見つめる。

「兄ちゃん、悪いんだけど、この人何か困ってるみたいなんだ。何か食べさせてくれない?」

そう言って、外にいる男の腕を引っ張って店の中へと引き入れる。

その男は、困ったような仕草をしながら店の中へと入り、顔を上げて健二に向かって何かを話していた。

その姿に、純一は息を飲む。鼓動は大きな音を立て打ち鳴らす。

ボサボサになっている長髪のその髪の色は懐かしく、その前髪の合間から見える青い目、そして日本人らしくない体格とその風貌、何もかもが見知った姿だった。

「ジェフリーさん・・・」

戸惑った声でそう名前を呼ぶと、困っていた仕草をしていた男の体が固まり、ゆっくりと純一へと視線を向け、大きく目開く。

「ジュン・・・」

恋焦がれた声に名前を呼ばれ、純一はボタボタと涙を落とす。

「に、兄ちゃん?」

急に泣き出した純一を心配して健二が手を伸ばすが、純はそれをすり抜け、ジェフリーへと両手を差し伸べる。

「ジェフリーさんっ!」

ジュンの呼ぶ声に、ジェフリーも両手を広げ、ジュンを抱き止める。

「ジュンっ!あぁ・・やっと会えた・・・ジュン、会いたかった」

「僕も、僕も会いたかった・・・」

2人は互いに涙し、強く抱きしめ合った。

そして、その存在を確かめるかのように何度も名前を呼び合う。

切に願ったその温もりに、その声に、2人はしばらく涙した。

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