第31話 あの場所へ
「しかし、お前、金持ってたんだな」
大きな商人用の馬車に揺られながらラグナが皮肉そうに呟く。
みんなが身支度をしている間、ジェフリーは三日とはいえ長旅になる事で、年老いた祖母と子供達を心配して1人隣街に行き、大きな荷馬車を買って戻ってきた。
それを見た家族は、どこから借りてきたのかと心配していたが隠し預金があった事を話し、それで借りたのではなく買ってきたと告げた。
ジェフリーは馬の手綱を掴みながら、後ろから顔を出しているラグナに話しかける。
「あれは、私の騎士団の退職金だ。伯爵達にバレないように根回しして持ってきた物だ。その、家族を疑っていたわけではない。ただ、何かあった時に使おうかと・・・それに・・・」
「それに?」
「王都にいた頃、ジュンが商売をしたがっていたから、数年何もなければジュンの為に何か商売をさせてあげたかったのだ」
「あいつ、商売の才能でもあったのか?」
意外だと言うような顔でラグナが問いかけると、ジェフリーは肩を顰めた。
「それはわからないが、一生懸命字の勉強もしていたし、薬草の本も読んでいた。ジュンは・・・小さい頃、母親を亡くして父親と歳の離れた弟と暮らしていたんだが、父親が体を壊してからは家族を養う為に、学校も諦めて家業の他に毎日いろんな仕事をしていたそうだ。その気質が記憶をなくしてここに来た時にも残っていたんだろう。じっとしているのが苦手だったようで、私の部屋の掃除や縫い物をしたりしていた。字を学んでからは本当に熱心に本を読んでいた」
「ジュンも苦労人だったんだな。あんなに若いのに・・・・」
ジェフリーの隣に座っていたロイが、寂しそうな顔で呟く。
「そうだな・・・でも、ジュンは辛かったとは言ってなかった。笑う事も泣く事も出来なかったとは言っていたが、一度も辛かったとは言わなかった。きっと、それだけ家族の事が好きだったんだ」
ジェフリーはそう言いながらふっと笑みを溢した。
途中の街で宿に泊まりながら、三日目の昼前には王都へと辿り着いた。
ここなら貴族は宿泊しないと言うジェフリーの言葉に、王都の入り口に近い宿を取る。
ここから貧困街は少し離れているが、あの草原へはそう遠くはない。
宿の食堂でランチを包んでもらい、乗合馬車に乗って草原へと向かう。
馬車の中では、初めて来た王都の様子にはしゃぐ子供達と、その中に目をキラキラしたラグナがいた。
金銭面で仕方ないとはいえ、ラグナは王都の学園に憧れていたのかもしれない。
そう思えるほど、ラグナの表情はイキイキとしていた。
馬車を降り、草原の中へ入っていく。
そして、あの湖の側まで来ると、ジュンと一緒に作った道標を辿って母の墓へと辿り着く。
ほんの数ヶ月離れただけなのに、何年も来てないかのような感覚に陥る。
それは、墓の周りにジュンと埋めた花の種が、驚くほど早く咲き誇っていたからだ。
「ここにいたのね・・・」
祖母は涙を流し、墓石を抱きしめる。
その後ろからユナとラグナが一緒になって抱きしめ、再会に涙した。
ジェフリーはその姿を見つめ、そこにはいないジュンの姿を思い浮かべる。
どこを見ても、そこにはジュンとの思い出が溢れていた。
「ジェフおじさん、悲しいの?」
その声に視線を足下に落とすと、服の裾を掴み見上げるアリアがいた。
ジェフリーはアリアにニコリと微笑みながら、頭を撫でる。
「少し・・・寂しいだけだ。ここには母の思い出もあるが、ジュンとの思い出も沢山ある。ここを綺麗にした時もジュンと一緒だった。あの木元にある花の種を植えたのも、この道標もジュンと作った。この草原にも何度も来た」
そう言いながら懐かしそうに、揺れる花を見つめる。
すると、ダニエルがラグを広げ始めた。
「お父さん、ここで食事にしよう。そしたら、アンナおばさんもジュンも一緒にご飯食べれるでしょ?」
淡々とそう言いながら、ダニエルは持ってきたカゴをラグの上に置き、皿を並べて行く。
それを見たロイも、そうだなと小さく呟き、ダニエルと一緒に食事の準備をしていく。
ジェフリーは微笑みながら、小さくありがとうと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます