第23話 面影

三日目の昼、小さな街に辿り着いた。

村に入り、ポツンと立っている大きな屋敷へと向かう。

王都にある貴族邸宅とはまるで比べ物にならないほどの小さい邸宅で、かなり古びていた。

没落した男爵家、その言葉が当てはまる成り立ちだった。


門へ辿り着くと、本来なら閉ざされている扉が取り払われていて、自由に人が出入りできるようになっている。

ジェフリーは馬の手綱を弾きながらドアの前へと進むと、入り口近くにあった大きな木に紐を括り付け、ドアをノックする。

少し間が空いた後、ドアの向こうから走ってくる足音が聞こえ、ギィーッと鈍い音を立てながらドアが開かれた。

そこにはジェフリーの腰程の背丈をした男の子が、不思議そうにジェフリーを見上げていた。

「どちら様ですか?」

男の子の問いかけに、ジェフリーは胸に手をあて、丁寧に挨拶をする。

「ジェフリー・・・ジェフリー・モルタナと言います。当主様にお会いしたいのですが、ご在宅でしょうか?」

ジェフリーの(モルタナ)と名乗る言葉に、男の子は目を大きく見開き、少々お待ち下さいと言葉を返し、奥へと走っていった。

「ジェフリーさん」

バックの中からジュンが手を伸ばす。

「大丈夫です。僕の手をバックと一緒に掴んでください」

ジュンはそう言いながら、手を振る。ジェフリーはそれを見て安堵の笑みを浮かべた。

緊張からか自然と自分がバックの紐をキツく握っていた事に気付く。

正直、ジェフリーは不安に思っていた。

いくら母の実家だからといって、一度も顔を合わせた事がない家族。

そもそも、ジェフリーは幼い頃に母を失ってから家族というものとは縁がなかった。ジュンと出会うまでは、老いて死ぬまで1人で生きていくものだと思っていた。

突然できた家族・・・。

自分を受け入れてくれるのか、そして自分自身も受け入れられるのか不安だった。

そんな不安に気付き、励ましてくれるジュンの優しさが強張っていた体をほぐしていく。

ジェフリーはジュンの手をそっと握ると、指で大丈夫だと撫でる。

ジュンも大丈夫だよと言っているかの様に、ジェフリーの指をギュッと握る。

そうしている内に、奥から何人かの足音が慌ただしく聞こえ、その姿を表した。

その瞬間、ジェフリーは息を飲む。

幼い頃の記憶に残る母の面影が目の前に、はっきりと写ったからだ。

「あぁ・・・ジェフリー・・・」

祖母らしき女性が涙を流しながらジェフリーに近づき手を取ると、隣にいた女性も涙しながらジェフリーに寄り添う。

「間違いないわ。だって、アンナにそっくりだもの・・・」

「ジェフリー、ごめんなさい。アンナとあなたがあんな酷い目に遭ってるなんて、知らなかったの。もっと早く・・・もっと早く探していれば・・・」

祖母は手を摩りながら頭を下げ、嗚咽を漏らす。

その小さな背中をジェフリーは優しく摩る。

「ご自身を責めたり・・しないでください・・仕方・・なかったんです・・・」

はっきりと伝えたはずの言葉がかすれてしまい、自分も母の面影を残す女性達を目の前にして涙を流している事に気付く。

まだ握りしめていたジュンの手が何度も握られたり、離れたりを繰り返している事にジュンが良かったねと言っているように聞こえ、ジェフリーは強く握り返した。

しばらく玄関先で、互いに懐かしい人も面影を確かめ合うように見つめ合いながら、言葉も交わさず泣き続けた。


応接間でお茶を飲みながら、互いの今までの事を話した。

祖母達は手紙を受け取ってからすぐに会いに行ったが、すでにそこは抜け殻だった事、貧困街でジェフリーの話を聞いて侯爵家へ何度も足を運んだが、門前払いをされた事、その後も定期的に会いに行ったが会えなかった事、そして宿泊先で偶然聞いたジェフリーの邸宅内での待遇の事・・・・。

ジェフリーはそこにはあまり触れず、王都で騎士をしていた事、母の墓を見つけ、何度かそこへ足を運んでいた事だけを伝えた。

そして、胸元から母の形見のネックレスを渡すと、祖母はまたそれを見て涙を流した。

「これは、あの子の母親の形見なの・・・あの子は・・・アンナは私の姉の子で、姉夫婦が早くに亡くなった事で幼いあの子を私達が引き取ったの。本当の家族の様に過ごしてきたけど、あの子は心のどこかで恩を返そうとしていたのかもしれない。だから、止めるのも聞かずに働きに出ると・・・それに、手紙を躊躇っていたのもその事が原因だったのかもしれないわ・・・」

祖母は寂しそうに、ネックレスを撫でながらそう呟いたまま、静かに涙を流し続けた。

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