第21話 意外な訪れ

まだ日も上りきらない薄暗い部屋の中、ジェフリーは目を覚ます。

そして、隣にいるジュンのおでこにキスをすると体を起こし、ベットから出る。

昨夜、ジュンは元のぬいぐるみに戻り、泣き疲れたのかそのまま寝入ってしまった。

本当は帰宅して、騎士団を辞めた事や、邸宅を出る事を説明する予定だったが、それも出来ずに朝を迎えてしまった。

ジェフリーはテーブルに、遠征に使う大きなバックを置き、そんなに枚数もない服を詰めていく。

ジュンから記憶の話を聞いた翌日から、この計画を立てていた。

騎士団には決めたその日に辞める事を申し出し、退職金を現金で欲しいと伝えてあった。

引き止められはしたが、ジェフリーの身の上を知る上官だったからか、それなりに察してくれ手続きを進めてくれた。

その際に伯爵家には黙っててほしいとお願いしたが、手続きの際にどこかで漏れてしまった事は誤算だった。

だが、昨日で現金は受け取っていた。

母の姓で貯蓄していたほんのわずかな貯金も、昨日で引き出してきた。

これだけあれば十分暮らしていける。

2人でジュンが言っていたように旅でもしよう。

そして気に入った街があれば、そこに定住すればいい。

あっという間に詰め終わったバックを閉め、ジュンへと視線を向ける。

できるだけ長く一緒にいたい。

絡まった縁を断ち切る・・・これが正解なのかはわからない。

でも、諦めたく無い・・・。


トントン・・・

小さくノックされる音に、ジェフリーは眉を顰める。

こんな明け方に、ましてはこの部屋には夫人と使用人しか来ない事に不信感を出す。ゆっくりとドアへ向かい、扉を開けると目の前にいる人物に目を大きく見開く。

「ジェフリー・・・少し話がしたい」

そう話すのはラットだった。


ジェフリーはジュンを隠すように布団を被せ、ラットを部屋に招き入れる。

ラットは部屋を見渡し、小さなため息をついて椅子に座る。

椅子は一脚しかないので、ジェフリーはラットにお辞儀した後、そのまま目を伏せたまま立っていた。

ラットはテーブルに置かれたバックを見て、やはりなと小さくもらす。

「出て行くなら早朝だと思っていた。間に合って良かった」

「挨拶が遅くなりました。今までお世話になりました」

「私は君のお世話などしていない。逆にお世話になった方だ」

「そんな事は・・・」

「・・・君とは、こんなに長い年月、同じ邸宅にいても片手で余るほどしか会っていなかったな・・・」

「そうでしたね・・・」

「正直に言うと、君が来た当初は君が嫌いだった」

「・・・・・」

「私生児でありながら、私の身代わりとはいえ、この家で体が弱く床に伏せてばかりいた私と違い、勉学も剣術も学び、その優秀さに父が誉めているのを聞くと腹ただしくて仕方なかった。妬ましくて羨ましくて・・・・。しばらくして、君が冷遇を受けてると聞いて、その時はほくそ笑んだが、時折見かける君の一所懸命な姿を見て、何かが違うと感じていたんだ。

そして、母が君をぶった姿を見て、とても信じられなかった。私には優しい母があんな形相で君に当たる姿が怖かった。君はただ連れて来られて、ただ一生懸命に努力していたのに・・・それが、何故か自分の事のように悔しかった。

いざ、体が丈夫になってきて始めた勉学も剣術もとても辛いものだと身に沁みた。

その頃にはもう君を見る目は変わっていたが、どうしても君を救い出す力も勇気も出なかった。本当に申し訳ないと思っている」

「ラット様が謝る事では・・・」

「いや、私が強ければもっと早く君を救えたはずだ。実は昨夜、君が退団した事を聞いてここに来たんだ。だが、母がいて入る事が出来ずにいた。最後の最後まで申し訳なかった。弱い私を許してくれ・・・」

ラットは深々とジェフリーに頭を下げる。

ジェフリーはやめて欲しいと懇願する。ラットは促され頭を上げると、ポケットから小さな石がついたネックレスを取り出し、ジェフリーに渡す。

「これは・・・」

「母が君から取り上げた、君のお母様の形見だ。売られる前に私が隠し持っていた。昨日の昼間、君のお母様の家族だという方が来ていた。母達がいなかったから私が対応したが、昔住んでいた場所に君が来ていたことを知って、会いに来たらしい。君はお母様の生まれ故郷を知っているのか?」

「・・・いえ。遠く離れた田舎町だとしか・・・」

「そうか。君のお母様はヴェルトという町の男爵家の娘さんだ」

「母は・・・貴族だったのですか?」

「そうだ。・・と言っても田舎の困窮した名ばかりの貴族ではある。家族の為にここに働きにきた。昨日来たのはお母様の母と弟だと名乗っていた。ここを出ていくのであれば、一度そこへ行ってみるがいい。とても会いたがっていた」

「そうですか・・・」

ジェフリーはネックレスを指で撫でながら呟く。

ラットは小さくため息をついてから席を立つと、机に金貨が入った袋を置き、ジェフリーの肩を叩く。

「少しだが用意した。これがあればその町まで行けるはずだ。さぁ、母が起きる前に出て行くんだ。今まで、本当にありがとう」

そう言い残すとラットは静かに部屋を出ていく。

その後ろ姿にジェフリーは頭を下げ、じっと手の上のネックレスを見つめた。

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