第19話 ジュンの記憶

ジェフリーの腕の中に包まれながら、ジュンは言葉を繋げた。

「僕には父親と歳の離れた弟がいました。母は弟を産んですぐ亡くなって、それから三人で暮らしていたんです。でも、僕が18になってから父親が病気になって、それからは父親を看病しながら、両親が営んでいた喫茶店で働いていたんです。学校を卒業してからは、病気にかかるお金や、弟がまだ13歳だったから学費を稼ぐ為に日中は喫茶店で働きながら父親を看病して、夜は別の場所で短時間の仕事をして暮らしていたんです。

でも、ある日、夜の仕事から帰る途中で疲れからか、階段を踏み外して落ちました。そこから記憶がありません」

「・・・死んだのか?」

ポツリと尋ねるジェフリーに、ジュンは首を振る。

「最初は死んだのだと思ってました。それで、このぬいぐるみに魂が入ったのだと・・・。でも、あのお婆さんが『ここにいてはいけない』といった言葉でわかったんです。僕の体はまだいきている・・・だから、ここにいてはいけない」

ジュンの言葉にジェフリーは唇を噛み締める。

ジュンもまたぎゅっとジェフリーを抱きしめる。

「ジェフリーさん、僕、帰りたくない・・・」

「・・・・家族が待っている」

「わかってます・・・でも、ここにジェフリーさんを置いて行けない・・・ううん、僕がジェフリーさんの側を離れたくない。ぬいぐるみのままでいい。ずっとジェフリーさんといたい・・・帰りたくない・・・」

涙まじりのか細い声がジェフリーの胸を締め付ける。

「私も・・・私も帰って欲しくない。ここに居てほしい」

「ジェフリーさん・・・僕・・・僕、ジェフリーさんが大好き。ずっとジェフリーさんの側にいたい・・・」

「あぁ・・・私もだ・・・」

ジェフリーはそう囁くと、ジュンの涙を拭うようにキスの雨を降らす。

そして、愛おしむように唇を何度も重ねた。


「まだ不貞腐れているのか?」

風呂から出たジェフリーはベットにある小さな膨らみに声をかける。

その声に応えるように、その小さな膨らみが動く。

ジェフリーはため息を吐きながら、ベットに入ると背もれしながら布団を捲る。

そこにはウサギのジュンがうずくまっていた。

ジェフリーはジュンを抱えると、機嫌を直せと頭を撫でる。

「だって・・・なんで、元に戻るのかな・・・?」

「どの姿でもお前は可愛いよ」

ジェフリーは微笑みながらジュンのおでこにキスをする。ジュンは照れたように両手でおでこを触る。

「なんだ?あんなにしたのに、今更恥ずかしいのか?」

「なっ・・だっ・・・」

「フッ・・機嫌は治ったようだな?」

「・・・・はい」

「そうか・・・それはそうと、ジュンは歳はいくつだ?」

「僕ですか?えーっと、多分、20歳だと思います」

「多分・・?」

「はい。事故にあった時は確かに20だったんですが、いつからここにいたのかわかりませんから・・そうだ!ずっと聞こうと思ってたんですが、ジェフリーさんはいくつなんですか?」

「・・・・19だ」

「えっ!?僕より年下なんですか!?」

「・・・あぁ」

「わぁ・・・全然見えない。もっと大人の男の人だと思ってました。25、6くらいの・・・」

「そんな年寄りに見えるのか?」

「何言ってるんですか!?25とかまだまだ男盛りの若い男性ですよ!?」

「お前の世界ではそうなのか?ここでは16が成人だ。その歳はもう結婚して子供も何人もいる年齢だ」

「わぁ・・・早いですね。僕の世界では20歳が成人です。大人になったばかりなんです」

「そうなのか?だが、あの姿で20とは・・・まだ、子供だと思った」

「酷すぎる・・・立派な大人です!」

声を荒げて不貞腐れるジュンに、ジェフリーは笑いながら謝る。

それからジュンの世界の話を聞かせて欲しいとジェフリーに聞かれ、深夜までジュンは喋り続けた。


布団に入り、横になったジェフリーがぽそりと尋ねる。

「ジュン・・・お前は今朝、まだその時ではないと言ったが、その時がわかるのか?」

その問いかけにジュンは一瞬口をつぐむが、ボソボソと話始める。

「僕はこんなに記憶が戻ったのに、自分の名前だけが思い出せません」

「ジュンでは無いのか?」

「ジュンは愛称です。だから、ちゃんと名前を思い出したら・・・」

「そうか・・・」

ジェフリーは短く返すと、ジュンを片手で抱き寄せ胸に埋めると、そのまま何も言わずに目を閉じた・・・。

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