第18話 確信に変わる時

「やっと綺麗になりましたね」

ジュンはかいてもない汗を拭うような仕草で、額に手を当てる。

湖から墓石までの道に生えた雑草を刈り、墓石の周りの雑草は生えてこないように抜く。そして、木の根元に少しだけ花の種を植えた。

綺麗に拭き上げた墓石に、詰んできた花を添え、その隣にラグを敷き腰を下ろす。

ジェフリーは持ってきた水筒の水を一口飲むと、パンをとりだし、一つは母へ、もう一つは自分の口へと運んだ。

「お母さん、柔らかいパンを食べれて、きっと喜んでますよ」

「そうだな・・・」

パンを頬張りながらジェフリーが小さく答える。

その顔は心なしか嬉しそうだった。

パンを食べ終えてから、ジェフリーは徐に寝そべると、片腕を伸ばし少し昼寝をしようとジュンを誘う。

ジュンは嬉しそうに、ジェフリーの隣に寝そべりながら腕枕をしてもらう。

子守唄がわりに何か話してくれと頼むジェフリーに、ジュンは少し考えてある童話を話し始めた。

それは、ジェフリーが知らない物語で、ジュンは『人魚姫』という伝説の人魚の話だといった。

話し始めて少し経った頃、急にジュンの声がしなくなり、寝息のような音が聞こえてジェフリーは顔を横に向ける。

そこにはあの日見た人間の姿のジュンがいた。

瞼を閉じて、気持ちよさそうに眠っている。

その姿にジェフリーは涙を流す。

そして、そっと抱きしめた。

その姿が昔の記憶を思い出させ、そして2人の時間が少ない事を知らせていた。


風がそよそよと頬を撫でる。

何かに抱きしめられているような感覚に、ジュンは目を開ける。

人間の姿の自分と、その自分を抱きしめているジェフリーの腕が見える。

そして顔を横に向ければ、悲しそうな顔で見つめているジェフリーと目が合う。

その目にジュンは涙を流す。

人間の手でジェフリーの背中に手を回す。ジェフリーもジュンの体を抱き寄せ、強く抱きしめた。

はっきりとわかる温もり、それを互いに確かめ合う。

そして、ジェフリーはジュンの頬に手を伸ばし、涙を拭う。

言葉を交わさなくても、互いにわかっているかのように見つめ合う。

ジェフリーはそっとジュンの頬にキスをする。

それから、指でジュンの唇をなぞり、自分の唇を重ね合わせた。

触れるだけのキスだった。


静かに流れる時間のあと、ジュンはゆっくりと口を開いた。

「僕、ずっとこの世界に違和感があったんです」

ジェフリーをまっすぐに見つめて、言葉を続ける。

「最初は記憶がないからだと思ってました。でも、日が経つにつれて、違う違和感だと感じ始めたんです。ここはまるで僕が存在していない世界の様にも感じて怖かった。それから、字が読めない事、街並みに覚えがない事、何より貴族とか平民という言葉、私生児という言葉にとても違和感を感じたんです。全く聞き覚えのない言葉だったから。

意味はわかるけど、どれも使い慣れない言葉だったんです。

それに、誰かの世話が得意な事、裁縫が得意な事、それを実感する度に、頭の片隅に記憶のような断片が浮かぶようになりました。

父親、弟、そう呼ぶ僕の声・・・でも、その姿はここの世界の者でない事・・・ジェフリーさん、僕、この世界の人間じゃなかったみたいです」

言葉尻に震えを感じ、ジェフリーはまたジュンを強く抱きしめる。

その事実が不安を確信に変えた事に、ジェフリーも体を震わせる。

『交わる事のない縁』

あの老婆の言葉の意味がはっきりとわかる。

それが怖くて堪らなかった・・・。


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