第17話 記憶の中に

あれから三日が経った。

ジュンは未だに目覚めない。

目覚めないのか、もういなくなったのかわからないでいた。

ジュンはぬいぐるみだ。

縫われた口が動く事はない。だが、言葉を発する。その度に口元がモゾモゾと動く。そして、耳も手足も動く。なんなら鼻も時折動く。

それが、ジュンの気持ちを表現させていたから感情を読み取る事ができた。

でも、それでも動かないもの・・・それは目だ。

涙は流すが、瞬きや目を閉じることはしない。

だからか、ジュンはいつも寝る時は目に布を被せいていた。

瞼のない目は黒くて、丸く少し大きめな形をしていて、少しキラキラしている。

言葉を発さなくなった今、その可愛らしい目が不安を仰ぐ。

もう二度と名を呼んでくれず、小さな手で自分に触れる事もなく、その目で見つめてくれる事もないのでは無いかという不安。

そして、そのジュンの温もりが自分にとって、とても大事な物だったと気付かされる。

目が閉じる事ができたなら、ただ寝ているだけだと安心できるが、ただキラキラと光る目が宙を見つめている事が不安でたまらなかった。

その不安からか、ジェフリーは片時もジュンを手放せずにいた。

日中はカバンに入れ、訓練の休憩の度に確認しに行き、夜は枕元に寝かせた。

今日も枕元に寝かせ、頭を撫でてやる。


あの日見たジュンの姿・・・

あれは幼少の時見た小さな男の子の姿に面影があった。

いや、あの姿はあの男の子が成長した姿なのかもしれない。

あの子はジュンだったのだ。

その事が嬉しくもあるが、あの老婆の言葉が気にかかる。

『ここにいてはいけない存在』

そもそもジュンは本当に人間なのか?

姿形は人間そのものだった。

精霊か何か・・・それとも、生きた者では・・・ない?

それでも・・・

それでも側にいて欲しい・・・

そう願いながら、ジュンを抱き寄せ、目を閉じ眠りについた。


「ジュフリーさん、起きてください!」

微睡の中、心地よい声がする。夢なのか現実なのかわからないほど、心地よい声だった。

「ジェフリーさん!訓練に遅れますよ!」

今度ははっきりと聞こえる声に、ジェフリーは目を開ける。そこには、ジュンが心配そうに見つめている姿が見え、飛び起きる。

「ジュン!起きたのか!?」

「何を言ってるんですか?僕はとっくに起きてましたよ?ジェフリーさんが、お寝坊さんなだけです」

そう言ってジュンは微笑む。それから、忙しなく側にあったタオルをジェフリーに差し出す。

「ほら、早く顔を洗わないと遅刻しますよ!」

差し出されたタオルを受け取りながら、呆然とジュンを見つめる。

「ジェフリーさん、まだ寝ぼけてるんですか?ほら、早く!」

ジェフリーの腕を一所懸命引っ張りながら、ジュンは早く早くと急かす。

掴まれた腕からジュンの温もりが伝わり、ジェフリーの目頭が熱くなる。

そっとジュンへと手を伸ばし、体を抱えると優しく腕の中に包む。

「戻ってきてくれて、ありがとう」

震える小さな声に、ジュンは手を伸ばし、ジェフリーにしがみつく。

「心配かけてごめんなさい」

「いいんだ。ここに居てくれるなら、それでいい」

「ジェフリーさん・・・・」

「それと・・・今日は休みを取っている。お前が、目覚めないから、貧困街へ行ってあの老婆を探すつもりでいた」

「・・・そうでしたか・・・じゃあ、今日はジェフリーさんのお母さんに会いに行きませんか?」

その言葉にピクリとジェフリーの肩が動く。

「・・・行かない」

「何故です?早く行って、あの場所を綺麗にしなくちゃ・・・」

ジュンが宥めるように声をかけるが、ジェフリーは静かに首を振る。

「ジェフリーさん、大丈夫です。まだ・・・まだその時ではありません」

「・・・どういう意味だ?」

「・・・行きましょう。お母さんの所に・・・」

ジュンはその言葉を最後に、優しくジェフリーの体を摩るだけで、言葉を発する事はなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る