第16話 記憶のカケラ

「あなたは何者だ?」

微笑む老婆にジェフリーは眉を顰めながら言葉を発する。

「そこにいる者と話したいだけです」

老婆は相変わらずジュンを指差したままだ。

ジュンは耳をピコピコ動かし、そっと顔を出す。

「僕に何か用ですか?」

「もう気付き始めているのだろう?」

「・・・・・」

「お前はここにいてはいけない。多くは望めない運命さだめなのだ」

「どういう意味だ?」

ジェフリーは少し怒りの混ざった低い声で問いかけるが、老婆は微笑んだままジェフリーには目もくれず、一心にジュンを見つめ続ける。

そして、ゆっくりとジェフリーに目を向けると口を開いた。

「心優しい旦那様、先日伝えた言葉を心に重く残してください。この先、その意味が旦那様の切なる願いを叶える事でしょう。さぁ、私が印を付けておきました。まずは草原へ向かう事です」

そう言い残し、老婆はいつの間にか姿を消していた。


辺りが茜色に染まる中、2人は沈黙のまま草原へと来ていた。

あの老婆の言葉を口にしてはいけない様な気がして、だからと言って気にならない訳でもなく、ただ黙っていることしかできずにいた。

草原に入り、いつもの湖の近くまで来ると、ジェフリーは辺りをキョロキョロと見回す。

ジュンも鞄から飛び出し、草むらをかき分けてみる。

何度か来ているこの草原に、墓らしき物は見た事がない。

シドの言葉も老婆の言葉も、頭の中で繰り返されるが2人は半信半疑でもあった。

次第に茜色に黒みが帯びてきた頃、ジェフリーが帰ろうと声をかける。

また来ればいいとジュンに手を差し伸べるが、ジュンは首を振る。

「ジェフリーさん、僕、今日見つけないといけない気がするんです」

そう言って、また草をかき分ける。

ジェフリーは軽くため息を吐きながら、その後を追う。

すると遠くの方に光を見つけ、ジェフリーはすぐさまジュンを抱えると、その光の場所へと走り出す。

そこには今まで見つけられなかったのが不思議なくらい大きな木が立っており、その根元に小さな墓石が立っていた。

ジェフリーの手が震えているのがわかり、ジュンはその手をぎゅっと握る。

ゆっくりとその墓石の側に歩み寄り、膝を着くと、ジェフリーは少し土埃が付いた墓石を手で払った。

『アンナ・モルタナ』

その刻まれた名前を見つけ、ジェフリーは墓石を抱きしめ泣き崩れた。

「見つけてあげられなくて、ごめん。やっと会えた・・・母さん・・」

小さな声でそう呟き、ジェフリーは泣き続けた。

その側で、ジュンは小さくなったジェフリーの背中を摩り続けた。


「すっかり暗くなりましたね」

大きな木にもたれながら、空を見上げるジュンがポツリと呟く。

ジェフリーはまだ、墓石を撫でながら慈しむように見つめていた。

「明るい時にこの辺りを掃除しましょうね」

沈黙のまま撫でているジェフリーに、ジュンは優しく声をかける。

「次は花を摘んできましょう。ここがすぐ分かるように道筋の草は全て刈って、暗くても会いに来れるようにしましょう」

「・・・そうだな」

やっと口を開くジェフリーに、ジュンは微笑む。

「今日はもう帰りましょう」

ジュンはジェフリーの手に、自分の手を添えると優しく摩る。ジェフリーは小さく頷き、ジュンの手を握った。

それから、墓石にすぐまた来ると言い残し、立ち上がると、帰り道はわざと草を踏み潰しながら歩き始めた。


いつもの湖に着くと、水面が月に照らされキラキラと輝いていた。

「わぁ・・・すごく綺麗ですね」

ジュンが嬉しそうな声をあげ、ジェフリーに振り返る。

その瞬間、ジェフリーは息を飲む。

そこにはウサギのぬいぐるみではなく、小柄な男の子の姿があったからだ。

黒い短髪、大きな目・・・その目を細めて満面の笑みを浮かべる少年。

その姿が幼き頃のあの子供を思い出させる。

「ジュン・・・・その姿・・・」

その声にジュンは自分の体に目をやり、その目を大きく見開く。

そして確かめるかのように、体を触り続ける。

その体は不確かな透明さを纏い、ゆらゆらと動く。

ジュンは慌ててジェフリーへと顔を向ける。その表情は嬉しいという表情ではなく、悲しみに満ちた苦しそうな表情だった。

その表情にジェフリーの鼓動が大きく跳ねる。ドクドクと大きくなる鼓動が、不安を煽り、どこかに消えてしまいそうなジュンの手を掴み抱き寄せた。

確かに掴まえ、胸に抱き寄せたその感覚はすぐなくなり、腕に残ったのはいつものウサギのぬいぐるみだった。

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