第14話 時が止まった過去

懐かしい風景が目の前に広がる。

歩き慣れていたはずの道は、過去と比べて少し舗装されていて、道端に寝ている人は相変わらずだったが、亡骸が転がっている場所ではなくなっていた。

ジェフリーが去った後、しばらくしてから貧困街で疫病が流行った。

それは元々蔓延していた病気ではあったが、それが放置された亡骸から来る病気だとは知らなかった。

それを重くみた国が、届出をすれば埋葬費用を出すという規律を作った。

定期的に見回りも行なわれる。


埋葬することすら出来ないこの街では、亡骸と死臭がいつでも身近にあり、それを何とも思わなくなる日々だった。

ただ、皆生きることに必死だったからだ。

生きる事に希望がなくても、息をしている限り腹は減り、体力も減る。

そのまま途絶えても誰も気にしない。

いっそ途絶えた方が楽なのかもしれないと思うほど、生活は苦しかった。

それでも何故か、生きていたかった。

ただただ生きていたかった・・・。


「ジェフリーさん、大丈夫ですか?」

ジュンに声をかけられ、いつの間にか口を閉ざし、ぼんやりと路地を見つめている自分に気付く。

「あぁ・・・少し・・・過去を思い出しただけだ・・・」

ジェフリーがそう答えると鞄の中からジュンがそっと手を伸ばし、ジェフリーの服を摘む。

まるで、僕がいると伝えるかのように、強く摘んで離さない。

その仕草にジェフリーはふっと笑みを溢し、優しくジュンを撫でた。

それから歩き出すと、古びたドアの前で足を止める。

2、3ドアを叩くが、返される音は無く、ゆっくりとドアを押すとギギギッと音を立てて開いた。

「ジェフリーさん?」

「ここは、私が住んでいた家だ・・・」

ジェフリーの声に、ジュンは少しだけ鞄から身を乗り出し部屋を見渡す。

とても小さな部屋だった。

キッチンとも言えないような小さな水場、家具はなく、所々に蜘蛛の巣が張り、床はギシギシ音を立てる。

「・・・昔と変わりないですか?」

「そうだな・・・あれから誰も住んでいないようだ。普通なら、誰かが住みつくのだが・・・まぁ、ここは昔も何もない家だったからな・・・」

「何も・・・?」

「あぁ・・・言葉の通りだ。家具なんてものはなかった」

ジェフリーは苦笑いしながら、床を軽く叩くと腰を下ろし壁にもたれる。

そして、鞄からジュンを取り出すと膝の上にのせ、また言葉を紡いだ。

「母は、私を孕ったのが知られると無一文で邸宅を追い出された。その為に田舎にも帰れず、メイドは一度貴族の邸宅を追い出されると、次の邸宅に入るのは難しい。ましては私を孕ったままでは到底無理な事だった。そして、辿り着いたのがここだ。

幸い裁縫は得意だったし、メイドの経験もあるから掃除などの仕事には就けたが、どれもその日暮らしの賃金だ。それもお腹が大きくなり、出産となると仕事も限られて、食べることもままならない暮らしになった。

その事が祟ってか、出産後の母は体が弱くなった。何度か実家に帰ろうと思ったらしいが、母も元々は出稼ぎで来た身だ。帰りづらかったのだろう。

そして、私が6歳の時に死んだ・・・。ベットすら買えず、枯れ草を敷いて布を被せただけのこの場所で静かに息を引き取ったんだ・・・」

ジェフリーは悲しさを押し込めるような表情で、床をさする。

鼻を啜る音が聞こえてジュンへ目をやれば、ジェフリーをじっと見つめながら大粒の涙を流していた。

ジェフリーはもう片手でジュンの頭を撫でる。

「大丈夫だ。ここへ来て思い出した・・・貧しくても母と過ごした大切な時間を・・・母の笑顔を鮮明に思い出せたんだ。私の大切な思い出だ」

ジェフリーはそう言いながら、ジュンの涙を拭った。

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