第13話 温もり
「今日は行かないのか?」
朝食を終えたジェフリーがジュンに声をかける。
ジュンはチラッとジェフリーの顔を見上げ、首を振る。
ジェフリーはそうかと呟き、どこか元気のないジュンを見つめる。
あの日以来、ジュンの元気がないように思えた。
いつもの様にニコニコと笑うが、時折、悲しそうな、何かを考え込んでいるのかの様な表情をしていたからだ。
何より草原に行きたいと口にしなくなっていた。
いつもなら、次の休みはいつかとか、今後はどんな植物を見つけたいとか騒がしく口を開いて要るのに、明らかに口数が減っていた。
ジュンはぬいぐるみの割には表情が豊かだ。
声が明るいのも手伝ってか、いつもニコニコしている。
悲しい時も、怒っている時も体全体で表現してくる。
だが、楽しい気持ちや、ジェフリーを心配しているが故に怒ったり、泣いたりして自分の気持ちを伝えてくれる反面、自分自身が悲しいとか寂しいとかは口にしない。
本当にそう思っていないだけかもしれないが、たまに見せる遠い所を見ているかのような表情や、最近の暗い表情を見ていると違うような気がしていた。
ぼんやりと窓の外を見ていたジュンがジェフリーの名を呼ぶ。
「ジェフリーさん、やっぱりお願いがあります」
「なんだ?」
「僕、ジェフリーさんが生まれ育った街に行ってみたいです」
「・・・・なぜだ?」
「そこへ行けば、ジェフリーさんが思い出したがっている事がわかる気がするんです。それに、僕が平民出身だとしても、いつもの街並みに覚えがないって事は、僕も貧困街で育ったのかもしれません」
「行けば、何か思い出せそうなのか?」
ジェフリーの問いにジュンは首を振る。
「わかりません。実は僕、思い出したいのか、そうで無いのか分からずにいたんです。でも、最近、本当に僕は人間だったのか、それだけでも思い出さないといけない気がするんです」
「・・・・・」
「この姿のままでも、ジェフリーさんは僕を側に置いてくれるってわかってるんです。でも、やっぱりこの姿だと出来ない事が多すぎます」
「人間に戻ってやりたい事でもあるのか?」
「もちろんです!人間ならジェフリーさんのお世話もできます。隣に立って一緒に歩けます。それに、僕はジェフリーさんを抱きしめてあげたい」
「何だと?」
「ジェフリーさんを抱きしめて、僕がいるよって教えてあげたいんです。温もりを感じて欲しいんです。僕の今の体は熱を帯びません。そんな無機質な物がジェフリーさんを抱きしめても、温かさは感じられないじゃないですか。温もりを感じれるだけでも生きてるって実感できるんです。でも、今の僕じゃ、それが出来ない。それが、一番悲しいんです」
俯きながらそう呟くジュンの頭を、ジェフリーが撫でる。
「私は感じているぞ。熱が帯びなくてもお前の優しさは感じている」
「でも・・・」
「もし・・・もし、人間じゃなかったらどうするんだ?」
「それは・・・・ジェフリーさん、それでも僕をおいてくれますよね?」
「あぁ・・」
「絶対ですよ?もし、ジェフリーさんが結婚しても連れてって下さいね。僕、ジェフリーさんのお子さんのおもちゃになります」
「ふっ、そうだな・・・だが、結婚したとして荷物にお前がいたら、私は変態扱いされるかもな」
「一緒に寝たいとかわがままは言いません!タンスの中でもいいんです!」
必死に訴えるジュンの姿がおかしくて、ジェフリーは声を出して笑う。
ジュンは絶対ですよ!と繰り返し懇願する。
しばらくの間笑い続けていたジェフリーは、小さく約束だと答えた。
「・・・・ジュン、行ってみるか?」
「えっ?」
「私も長い事行っていない。ここに来てからはほぼ軟禁状態で教育を受けた。その内、私も行くのを諦めてしまったんだ。最後の記憶が良くなかったからな」
「ジェフリーさん・・・」
「行けば、私にとってもお前にとっても辛くなるかもしれないが、それでも行くか?」
「ジェフリーさんは嫌じゃないですか?」
「わからない。でも、思い出すためにも、過去を黒くしたままにもしたくない。あそこも母との思い出の地だ。そろそろ私も向き合わないといけない。それに、私は1人ではない。そうだろう?」
「・・・はい。僕がいます。僕が側にいます!」
力強く返事をするジュンに、ジェフリーは優しく微笑み、身支度を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます