第12話 幼き思い出
あれから休みの度に2人は草原へと足を運んでいた。
それというのも、ジュンは字を習い始めてから、ジェフリーが仕事へ出かけた後も1人黙々と字を書き続けた。
ジェフリーがジュンが読みたがっていた草花の本を、仕事帰りに買ってきてプレゼントすると、ジュンは飛び跳ねて喜び、熱心に読み続けた結果、休みの度にジェフリーに草原へ連れてって欲しいと懇願していたからだ。
ジュンは草原に着くと、一目散に草むらに行っては何かを掴んでジェフリーの元へ駆け寄り、本を開きながらジェフリーに説明をする。
それをジェフリーは微笑みながら見ている・・・それが最近の休みの日課になっていた。
湖のそばで腰を下ろし、昼食をとっているとジェフリーの脳裏に雲がかった何かが浮かび上がる。
草原に来る度に起こる現象だった。
それが、自分の記憶なのかわからなかったが、何故かその景色を明細に見たいと思い始め、ジェフリーは来る度にその不思議な感覚に身を任せていた。
誰かと楽しそうに話している小さな少年・・・。
不思議とそれが自分ではないかという確信があった。
だが、いつも話相手の姿は見えない。
もしかしたら、母との思い出が浮かび上がっているでは無いかと思いはしたが、母の顔は今でもはっきりと思えている。
映像にはモヤがかかって表情も見えず、声も聞こえないが、楽しく話しているのがわかる。
それと同時に何故か胸が暖かくなる。
それが、最初は一瞬だったのが、来る度に断片的に長く映り出す。
そして、それは一瞬にして暗闇となり、今度は泣いている少年が映し出される。
何故泣いているのか、わからない。
もし、その少年が自分自身なら思い当たる事は沢山ある。
母を亡くしてからは悲しみと苦痛の連続だった。
辛い日々が感覚を麻痺させ、今は何とも思わない。
だが、この映像を見ていると当時の悲しみが伝わってくる。
それでも、この映像をはっきり映し出したいという謎の使命感に襲われていた。
「・・・フリーさん・・・ジェフリーさん!」
その声にジェフリーが目を開けると、目の前で涙を浮かべ心配そうに覗き込んでいるジュンの顔が見えた。
いつの間にか眠っていたのかと、ジェフリーは手を伸ばし心配しているジュンの頭を撫でる。
「どうした?何かあったのか?」
ジェフリーに声に安堵したのか、溜めていた涙を溢しながらジュンが口を開く。
「僕じゃないです・・・ジェフリーさんが泣いているから・・・」
そう言われ、ジェフリーは自分の目元に手を当てると、そこが濡れているのに気付く。
「悪い夢を見たんですか?それとも、どこか痛いんですか?」
涙を拭いながら一所懸命声をかけるジュンに、ジェフリーも自身の涙を拭い、体を起こす。
「何でもない。ただ・・昔の夢を見ただけだ。はっきりとは思い出せないが、小さい時の夢をな」
優しく声をかけるジェフリーに、ジュンはしがみつく。
「ジェフリーさん、もしかして、ここに来るのは辛いですか?」
そう尋ねるジュンの背中を優しく撫でる。
「そうではない。ここは母との思い出の場所だ。母と暮らしていた時期は貧しくはあったが幸せな時間でもあった。辛い思い出などない」
ジェフリーの言葉に、ジュンは黙ったまましがみ付いた手に力を込める。
(その幸せな時間を思い出して辛いんじゃないんですか?)
そう言いたかった言葉をジュンは飲み込み、ただジェフリーにしがみ続けた。
しばらく時間が経った頃、ジェフリーは静かに口を開いた。
ここにまた来るようになって、不思議な感覚に襲われる事、それを鮮明にしたいと願ってしまう事をポツリポツリと話し始めた。
「きっと小さな少年は私なんだ。それは何となくわかる。だが、誰と話しているのかは思い出せない。ただ、それが母でない事と私にとって大事な思い出なんだと感じている。だから、尚更、鮮明に思い描きたいんだ」
ジェフリーの話を静かに聞いていたジュンは、自分の中にも不思議な感覚が湧き上がるのを感じていた。
懐かしいような、切ないような、そんな不思議な感覚だった。
それが何なのかジュンはわからず、ジェフリーとは逆に思い出してはいけない気がして、口を開くのを躊躇わせた。
最近、自分の中に少しずつ何かを思い出させるような感覚があった。
思い出したいと思う気持ちと、思い出してはいけないという気持ちで胸が苦しくなる。
思い出さなきゃいけないと焦る反面、思い出したらジェフリーと入れなくなるかもしれないという不安が入り混じっていたからだ。
ジュンはその事をジェフリーには言えずにいた。
言ってはいけない気がした。
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