第11話 懐かしい感覚

「それで、どこに行きたいんだ?」

無事に午前中をやり過ごした2人は街へと向かっていた。ジュンはヒョコっと鞄から耳を出し、小さな声を出す。

「市場調査です!僕、多分、裁縫が得意なんです」

「・・・・?」

「ジェフリーさんの服、僕が直してるって気付いてました?それに、袋を作る才能もある」

ジュンにそう言われて、先日、訓練で切れたはずのシャツが縫われている事を思い出す。

「それで、何か僕も仕事らしき物ができるんじゃないかって思ったんです」

「仕事がしたいのか?」

「はい!いつかジェフリーさんと旅に出る時の支度金です」

「・・・・・」

「それに、僕、ずっと誰かの世話をして生きてきたのかもしれません」

「何か思い出したのか?」

「いいえ・・・でも、何かを作ったりするのも得意だし、ジェフリーさんの看護した時、何故かすぐにどう対処すればいいのか判断できたんです。不思議と頭に浮かんで来るんです。だから、余計に出来ない事が多くて悔しかったんです。きっと以前の僕は誰かの世話をしながら働いていたんだと思います」

「そうか・・・。そう言えば、何故か脇に濡れたタオルなどを挟んでいたな。何の意味があるのかと思っていたが・・・・」

「あれは、熱を下げるための対応です。そういった知識はあるのに・・・」

急に耳を項垂れるジュンに、ジェフリーが耳を撫でながらどうした?と尋ねる。

「僕・・・字が読めないみたいなんです・・・」

「読めないのか?」

「はい。僕、寝れない時とか屋敷を探検に行ってるんです」

「知っている。夜だけではなく、昼間も出ているだろう?」

「な、なんで知ってるんですか?」

「屋敷の使用人達が噂していた。最近、何かの動物が現れると・・・誰も姿を見ていないから幽霊ではないかと言っていたぞ」

「幽霊・・・・」

「それで?幽霊は何をしていたんだ?」

「幽霊なんてひどいです!だけど、勝手に出回ってごめんなさい。万が一の時の為に、屋敷を徘徊してたんです。何がどこの部屋にあるとか・・・だから、すぐに洗濯場に行けたし・・・・」

耳をピコピコ動かしながら申し訳なさそうに話すジュンに、ジェフリーはふふッと微笑む。

「怒ってはいない。あの傲慢な使用人達を懲らしめたと思えば愉快なものだ」

「そ、そうですよね!?良かった・・・あ、それで、床に落ちてるメモを見つけたんですが、僕、何を書いているのかさっぱりわからないんです」

「平民出なら不思議な事ではない。学ぶ機会もお金もないからな。だが、お前はあの婦人の言葉を理解していたから、博識だと思っていた」

「そうなんです。僕も何故かあの言葉は知っていたから、字も読めると思ったんですが、さっぱりです」

「ふむ・・・ならば、字は私が教えよう。商売するなら文字は覚えないとな」

「ジェフリーさん・・・あの、僕、字が読めたら植物の本を読みたいんです」

「植物?」

「はい。本を読んで、ジェフリーさんが以前連れてってくれた草原で薬草を探すんです。あと、お花も・・・それで匂い袋とかどうですか?持ち歩いたり、お風呂に浮かべたり・・・」

「なるほど・・・私の部屋には浴槽はないが、貴族達は浴槽に入るからな。それに浮かべる花や薬草だといいかもしれないな」

「ですよね!?それで、街にも似たような物があるのか、どんなのが売れているのか知りたいんです」

「なるほど・・・では、それらしい店を何軒か回ろう」

ジェフリーは軽く鞄を叩くと、返事とばかりにジュンは耳を動かした。


それから2人は店を何ヶ所か周り、またあの草原へと足を運んだ。

そこで、日が暮れるまで2人で話をする・・・。

ジェフリーにとって、ゆったりとした穏やかな時間が流れる。

楽しそうに話をするジュンを見つめながら、自然と笑みが溢れる。

思い返せば、ジュンが来てから笑みを溢すことが多くなった。

声を出し笑う事も、涙を流す事も思い出せないくらい遠い過去だった。

それが少しずつ日常になっていく。

いつかジュンが言うように生きてて幸せだと思える日が来るのかもしれない・・・そんな期待が胸の中で顔をもたげる。

だが、片隅にはジュンが記憶を取り戻し、また1人になるのでは無いかという不安が拭いきれずにいた。

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