第10話 気になること

あれから順調に回復していったジェフリーは、熱が下がった二日後には仕事へと出掛けていった。

ジュンがまだ休んだ方がいいと引き留めると、休んでいては給金がもらえないと微笑んで部屋を出て行った。

1人取り残されたジュンは、窓辺によじ登り、ぼんやりと外を見つめている。

お給金をもらえないと、また夫人に叩かれるのだろうか・・・?

きっとまだ完全には回復していないだろうジェフリーの、あのどこか寂しそうな笑みが思い出される。

私生児・・・それがそんなに悪い事なんだろうか・・・

そもそも大人の身勝手が原因だ・・・

それなのに子供がこんな目に遭うのは理不尽だ。

何故だろう・・・ここは・・・この世界は僕にとっては違和感でしかない。

胸の中に黒いモヤがかかったような、不安の塊がジュンの顔を曇らせていた。


「ジュン・・・」

いつの間にか部屋は暗くなっていたが、ジュンは相変わらず窓辺にもたれたままだった。ジェフリーの声に、そんなに時間が経ったのかと気付き、笑顔でジュフリーにおかえりと告げた。

それでも、ジェフリーはジュンがどこか悲しげな表情に、窓辺に寄り、ジュンを抱えると一緒に座る。

「何かあったのか?」

ジェフリーの問いにジュンは笑顔で首を振る。その答えに、ジェフリーは小さくそうかと返した。

しばらく2人で月を眺めていると、ジュンが口を開く。

「ジェフリーさん、いつか・・・いつかジェフリーさんと旅がしてみたいです」

「旅・・・?」

「はい。行き先も決めずフラフラといろんな街を見て回るんです。でも、まずはジェフリーさんのお母さんの生まれ育った街を見たいです。お母さんの生まれ育った街で、お母さんの思い出に触れれば、きっとジェフリーさんは寂しさが消えると思います」

「母の思い出か・・・」

「はい。僕、あのお婆さんの言ってた縁を切るって言葉が気になってたんです。きっとジェフリーさんの辛い気持ちを断ち切るのも、それに繋がると思うんです。

辛い気持ちを断ち切れば、自ずと自分の気持ちが見えてくるはずです。

ジェフリーさんは幸せになっていいんです。大人達の都合で理不尽に悲しい思いはして欲しくないんです。だから、いつか旅に出て、ジェフリーさんの楽しいって気持ちを沢山増やしたいんです。生きてて楽しいって・・・」

「生きているのが楽しい・・・」

小さく呟くジェフリーに、ジュンは体を返し、ジェフリーの体をよじ登ると、頬を小さな手で包む。

「ジェフリーさんには笑ってて欲しいし、幸せになって欲しいんです。今まで沢山悲しい思いをしてきたから、もう幸せになってもいいと思うんです。幸せになって・・・ジェフリーさん」

ジュンの満面の笑みと、柔らかな手に包まれ、ジェフリーは目頭が熱くなる。

「僕が側にいます。ジェフリーさんが幸せになれるように、僕がお手伝いします」

ジュンは頬を撫でながらそう囁く。

「あぁ・・・」

ジェフリーは吐息のように言葉を漏らすと、俯いたまま声も出さずに静かに涙を流した。

ジュンは俯いたジェフリーの頭をずっと優しく撫で、囁き続けた。

「僕がいます。ずっとずっとそばにいます」

その声は夜が更けるまで囁き続けられた。


「ジェフリーさん、おはようございます!」

翌日、元気よく声をかけてくるジュンに、少し眉を顰めたジェフリーがおはようと返す。

「何をしている?」

ベットから飛び降りたジュンは、ジェフリーの鞄に嬉しそうに何かを詰めていた。詰め終わるとヨシっと声を漏らし、ジェフリーへと振り返る。

「ジェフリーさん、今日は午後はお休みだと言ってましたよね?」

「そうだが・・・」

ベットから体を起こし、ジュンに答えると、ジュンは笑みを浮かべて言葉を返す。

「今日は僕を連れてって下さい」

「・・・ダメだ」

「鞄の中で大人しくしていますから!」

「ダメだ。万が一誰かに見られたらどうするんだ?」

「大丈夫です!鞄だけだと危険なので、これも用意しました!」

ジュンはそう言って、自分と同じ背丈のある麻袋を見せる。

「作ったんです。これに入って、更に鞄に入れば鞄から落ちても誰も袋の中まで見ません!僕、行きたいところがあるんです!連れてってください!」

上目使いにジェフリーに懇願する。ジェフリーは小さくうっと呻き声を漏らすと、大きくため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る