第9話 看病
翌日、掃除の日だったのかメイド達が部屋を訪れてきた。
寝ているジェフリーに驚いて、そっと部屋を出ようとしていたのをジュンが引き止める。
なるべく低い声で、ジェフリーの話し方を真似て声をかける。
「すまないが、怪我をして動けない。水とスープか何か食べ物を持って来てくれないか?それから、清潔な布を数枚欲しい」
「・・・かしこまりました」
嫌そうな声でそう返事するとメイド達は部屋を出ていき、数分後、また水などを乗せたワゴンを押して部屋に戻ってきた。
「ジェフリー様、申し訳ないのですが私達も忙しいので、看病はできません」
その言葉にジュンは怒りが湧き上がるが、グッと堪え、また声を真似る。
「治るまで一日一回でいい。水などを運んでくれれば手を煩わせない」
「・・・かしこまりました」
そう言って部屋を出る際、メイドが小さく舌打ちしたのをジュンは聞き逃さなかった。部屋が閉まる音を聞いた後、布団から這い出て、怒りで枕を叩く。
一日一回がそんなに面倒なのか?
ジェフリーさんはここの主でもあるのに、医者どころか看病もしてもらえないなんて・・・腑が煮えくりそうな怒りが、枕へと当たられる。
「んっ・・・」
枕の音が気になったのか、ジェフリーがうめき声を漏らす。
ジュンは慌ててジェフリーに声をかける。
「ジェフリーさん、聞こえますか?」
「・・・・ジュン・・?」
「はい!ここにいます。ジュフリーさん、熱があるんです。少しだけでいいので、頑張って起きあげれますか?お水を少し飲んでください」
ジュンの声に反応はするも、体を起こせずにいた。ふっと赤い物が目につき、そこへ視線を向けるとお腹の方にかけてある毛布にうっすら血が滲んでいた。
ジュンは勢いよく毛布を捲ると、シャツにも血が滲み、そのシャツをまた捲ると当て布には真っ赤な血が滲んでいた。
さっきまで怒りでいっぱいだった胸の中に、今度は熱いものが沸々と湧いてくる。
ポタポタと落ちる涙を一所懸命に拭いながら、ジュンは運ばれたきた布を引っ張り手当てを始めた。
ジュンにできる事は限られている。それがもどかしかった・・・悔しかった。
それでも出来る限りの事をして、ただそばで祈る様に回復を願うしかなかった。
二日ほど経った夜、ジェフリーが目を覚ます。
生乾きのような匂いと、額から流れる水滴に気付き、そっと額に手を伸ばすと布が乗せられていた。横へと視線を向けると、枕に顔を埋めるジュンの姿が見える。
その状況に、この匂いと水滴の原因が思い浮かばれた。
「ジュン・・・」
掠れた声で名を呼ぶと、耳がピクリと動き、勢いよく顔が上がる。
その顔は涙の跡なのか目元は黒ずみ濡れている。
「ジェフリーさん・・・熱・・・下がりましたか?」
ジュンにそう言われ、濡れた布を退けて額を触ると、まだほんのり熱を持っていた。
「ご・・ごめ・・・ごめんなさい」
嗚咽を漏らしながら謝るジュンに、ジェフリーはどうした?と尋ねる。
「熱があるのはわかったんですが、僕にははっきりとわからないんです・・・それに、お腹に傷があるのに薬もなくて・・・ぼ、僕は役立たずです・・・」
小さな声でそう呟くジュンに、ジェフリーは優しく微笑む。
「そんな事はない。懸命に看病してくれたのだろう?」
「でも・・・でも・・・」
「もう大丈夫だ。鞄に分けてもらった薬が入っているのを忘れていた。それを飲めばきっとすぐ良くなる」
ジェフリーの言葉に、ジュンは顔を明らめてベットから飛び降りる。
そして、ベットの側に置いてあった鞄から紙袋に入った薬を取り出すと、また紐を伝ってよじ登った。
「ジェフリーさん、ほら、早く飲みましょう。あ、その前にスープを飲みますか?今日の朝、持って来たので冷えてはいますが、飲めると思います」
「誰か、来たのか?」
「来たのは来たのですが・・・」
「なるほど・・・」
言葉を詰まらせたジュンの態度に、何か察したのかため息を吐いて、体を起こす。
「大丈夫ですか?」
慌てて体を支える仕草をするジュンの頭にポンと手を置き、大丈夫だと答える。
「スープを飲んでから薬は飲むとしよう。それと・・・臭すぎる」
「はっ!ごめんなさい。上手く絞る事ができなくて・・体も拭きたかったんですが、僕じゃ体の向きも変えれなくて・・・本当に僕は役立たずです」
項垂れるジュンにジェフリーが優しく微笑む。
「お前がいなかったら、今頃、私は死んでたかもしれない。ありがとう」
「死んでたかもなんて・・・死んだらダメです・・・」
「ふっ、そんな事を言うのはお前だけだ。ほら、シーツを変えよう。手伝ってくれるか?」
「はい!シーツを剥がすのは得意です!」
ジュンは元気よく答えると、ベットの端を引っ張りシーツを剥がしていく。
その姿がほんの少し愛おしく思えて、ジェフリーはまた微笑んだ。
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