第7話 言葉の意味
老婆が去った後、黙り込んでしまったジュンに、何も問いかける事ができず、ジェフリーも黙ったまま帰宅する。
帰宅後も黙ったままのジュンに、ジェフリーは今日は一緒にねるか?と尋ねる。
ジュンは暗い表情から一転して、目を輝かせる。
夜になり、ベットに入るとジェフリーが重い口を開く。
「何か・・・思い出したのか?」
その問いに、ジュンはわかりませんと呟く。
「あのお婆さんが言った言葉を聞いた途端、あの言葉が頭に浮かんだんです。どうして知っているのか、僕にもわかりません。でも、何となくわかってきたんです」
「何をだ?」
「まだはっきりとわかりません。でも、ここに来てもうすぐ二ヶ月になります。でも、何もかもに僕は違和感を感じるんです。ただ、記憶がないからなのか、違う何かなのか・・・でも・・・」
「でも?」
「僕は自分の事より、ジェフリーさんが心配です」
「なぜ?」
「だって、絡まった麻糸を断ち切る・・・その言葉はジェフリーさんに向けた言葉でした。何か大きな決断をしなくてはならない時が、ジェフリーさんに来るのでは無いかと・・・・」
「・・・・なるほど」
「その時、ジェフリーさんが悲しむ事が起こるんじゃないかと心配なんです」
「・・・そんな心配は不要だ」
ポツリと漏らしたジェフリーの言葉に、ジュンは立ち上がり、怒った様に足で布団を何度も踏み鳴らす。ジェフリーは驚いたような顔でジュンに顔を向けた。
「イヤです!僕達はもう友達です!だから、心配します!ジェフリーさんはいっぱい悲しい思いをしてきました。だから、もう、これ以上傷付いて欲しくないんです」
フンフンと鼻息を荒げながら怒る仕草に、ジェフリーは戸惑った声を漏らす。
「友・・・だと?」
「そうです!友達です!ここでは身分云々がありますが、記憶の無いただのぬいぐるみの僕には関係ありません。誰が何と言おうと、僕とジェフリーさんは友達です!」
そう言って胸を叩くジュン。その姿と声が、どこか懐かしく感じる。忘れかけた遠い記憶に重なり、ジェフリーの胸は熱くなる。
「そうか・・・友か・・・では、小さな友よ。もう夜中だ。大人しく寝ろ」
ジェフリーはジュンを掴むと、布団に押し込む。ジュンはパタパタと足を動かしながら顔を出すと、ジェフリーの耳がほんのり赤いのに気付く。
そして、小さくふふッと笑い、おやすみなさいと呟いた。
翌朝、ジェフリーを見送ると、ジュンは窓辺によじ登り、ぼんやりと外を見つめる。
ジェフリーのことも心配だが、(決して交わる事はない)というあの言葉が、何故か胸にストンと落ち、納得しているような気持ちがある事にジュンは戸惑っていた。
記憶がないから当たり前なのかもしれないが、この邸宅や昨日見た景色、何もかもに違和感がある。それは確実に覚えがないという違和感。
ジェフリーが言うように田舎出身で、貴族ではないからなのかもしれない。
邸宅にある家具や装飾品、食事に服・・・何もかもに違和感を感じるのだ。
それが、あの言葉の意味に繋がっているのでは無いかという不思議な確信。
そして、それがこの先、ジェフリーと共に居れなくなるかもしれないという不安。
いろんな考えが駆け巡る。
その時、ガチャリと背後からドアを開ける音がして、慌ててカーテンの中に隠れた。今日が掃除の日だというのをすっかり忘れていた。
いつもの隠れ場所ではないことにジュンはドキドキしながら、じっと身を潜める。
2人のメイドは、相変わらずお喋りしながら適当な掃除をし始めた。
「そう言えば、ジェフリー様も行くのかしら?」
「どこに?」
「ほら、最近、王都に入る道中盗賊が出没してるって噂じゃない?近い内に王宮騎士が派遣されるらしいわよ」
「あぁ・・何か大捜索で一斉討伐をするとか何とか・・・」
「そうよ。街にも出没してるらしくて、人攫いしてるらしいわよ」
「それで夜の外出を禁止しているのね。討伐となるとジェフリー様も怪我をして帰ってくるかもね」
「そうね、危険だって言ってたし・・・でも、討伐で活躍すればお手当が出るらしいわ」
「あら?じゃあ、今度も部屋漁りは私達にもおこぼれあるわね」
「だといいわね。まぁ、怪我して帰ってくれば面倒にはなるけど」
「それもそうね。それにしてもラット様もだいぶお体が丈夫になってきたのに、いつまでここに居座る気かしら?」
「奥様が金ずるを手放すわけないじゃない」
「確かに・・ほら、もうこれで終わりにしましょう」
2人は笑いながら部屋を出ていく。カーテンの陰ではジュンが口元に手をあて、声を顰め泣いていた。
ジェフリーさんをこんなところに1人置いて行けない。
あの言葉が、どんな意味をもたらそうと僕は置いていけない・・・。
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