第5話 とある噂

「・・・何をしてる?」

ジェフリーは部屋に入るなり、布を腰に巻き、ほうきのような物を持っているジュンに声をかける。

ジェフリーの声かけに、ジュンは振り返りながら笑顔を浮かべる。

「ジェフリーさん!お帰りなさい!」

トコトコと駆け寄ってくるジュンを片手で摘み上げ、顔の前まで持ち上げる。

「見てください!ほうきを作ったんです」

ジュンは自慢げに手作りのほうきをジェフリーに見せる。ほうきと言っても、細い枝に葉っぱが何枚かついているものだった。

「・・・外に出たのか?」

その問いかけにジュンはドキリとし、ジェフリーから視線を逸らす。


ジュンがやってきて1ヶ月近くが経とうとしていた。

ジュンは宣言した通り、甲斐甲斐しくジェフリーの世話をしていた。

・・・と言っても、やはり小さな体が不便をなし、出来る事といえば朝にベットを整える事と、カーテンを開ける事くらいだった。

それでも、どこからか道具を調達してきては、至る所に紐を括りハシゴにし、その事で高い所を行き来でき、テーブルを拭いたり、棚の埃を叩いたりして掃除らしき事をしていた。

洗濯も申し出たが、ジェフリーにどっちが洗われているのかわからないと怒られ、辞めさせられた。

そして、外に出ている・・・という事実を裏付けるある噂が屋敷内で囁かれていた。それは夜な夜な何かが邸宅内を歩いているという噂だ。

姿は見えないものの、動物のような大きさだが明白に意思を持っていて、それが歩いているという噂だった。

小さな足音に、時折聞こえる呻き声・・・それが霊などの類では無いかと使用人達の間で広がっていた。

その正体がジュンで、夜な夜な邸宅を歩き回り、何かを物色しているという事実に気付いたのは、ジェフリーだった。


「今日は何を盗ってきたんだ?」

「盗ってきたなんて、誤解です!僕が台に上がったり、引き出しを開けれるわけないって、ジェフリーさんも知ってるじゃないですか!?」

必死に誤解だと手を振るジュンに、ジェフリーはため息を溢す。

「昼間だと見つかる可能性があるから、夜に材料を集めているんです。この葉っぱも裏口からですし、エプロンもゴミ箱に捨ててあった布を洗って使ってます。針だけは、床に落ちていたのを持ってきましたが・・・」

そう言って腰に巻いている布を捲り、そこにぶら下がっている針を見せる。

「・・・・そんな物、どうするつもりだ?」

ジェフリーにそう問われて、ジュンは顔を明らめ、机に下ろしてくれと頼む。

ジェフリーは言われるがままジュンを机に置くと、ジュンは布を取り、自慢げにそれを見せる。

「僕もジェフリーさんみたいに、剣が欲しかったんです。これ、普通の針と違って太いんです。それで、糸をぐるぐるに巻いて持ち手に、ただの布ですが、簡単に鞘を作りました」

意気揚々とその針を鞘から抜き、ジェフリーにカッコよくポーズを決めて見せる。

「どうですか?少しはかっこいいですか?」

真似事のように針を振りかざすジュンを見て、ジェフリーは小さく笑う。

「あぁ。なかなか決まっているぞ」

ジェフリーの褒め言葉に、ジュンは更に得意げになって振りかざす。

「ジェフリーさん、今度、僕に剣を教えてください。僕、いっぱい練習して、ジェフリーさんのお役に立ちたいんです。もし、ジェフリーさんをいじめる人がいたら、僕がこれで突いてやります」

ドヤ顔で針を仕舞いながら、ジェフリーに笑顔で話す。

「そうだな。その時はよろしく頼む」

ジェフリーはそう言って、ジュンの頭を撫でると長い耳がピコピコっと揺れた。


それからもずっと話し続けるジュンを見ながら、ジェフリーは意外にもこの変わった生き物との生活が悪くないと感じていた。

初めてできた友と呼ぶに近い存在・・・この年でぬいぐるみが友だとは口が裂けても言えないが、それでも心のどこかで、いつかそう呼んでみたいと思う。

そして、ふと遠い記憶の中に微かに残るあの声を思い出していた。

いつの間にか聞こえなくなった、あの声を・・・。

(僕達は友達だよ)

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