第4話 理解

それから、ほんの少しだけジェフリーは自分の事を話してくれた。

6歳まで母親と貧困街に住んでいた事、母が死んで1人になった時、キーマン伯爵家から迎えが来た事。

そこで、知った事実・・・それは、母は昔この邸宅の使用人で、伯爵に見そめられたが子を孕った事で、夫人から追い出された。

そして、今更、引き取ったのは、同じ歳の嫡子であるラットが大病を患った事で体が弱くなったからで、あくまでもジェフリーは保険であると言われた。

12までは邸宅の使用人として働きながら貴族として学び、13で入隊。

それも、家に金を入れるただの稼ぎ手としての入団だった。


「ここに住む条件は、息を潜めて過ごす事、伯爵家の名を汚さない事、ラットの影武者になる事だった」

テーブルに乗せられ、椅子に座りぼんやり外を眺めながら話すジェフリーを、ジュンは涙を流しながら黙って聞いていたが、ポツリと溢す。

「辛くなかったですか?」

その言葉にジェフリーは苦笑いをする。

「全く・・・とは言えないが、それでも、あの貧困街で1人暮らすよりマシだった。伯爵が迎えに来たのは、母が死んで三日経った頃だった。6歳の私には母を埋葬する事もできず、部屋に寝かせたまま、夜な夜な街に出て食べ物を漁っていた」

「そんな・・・」

「貧困街ではよくある光景だ。死んだ者を埋葬するお金が無く、道端に放置したり、子供がゴミを漁るなんて光景はな」

「・・・・」

「伯爵は母を埋葬してくれた。雨風を凌げ、質素と言えど食べ物もくれた。それだけでも私はありがたかった。だが、伯爵は気が弱い人でな。妾を作り、子供まで出来、それを引き取った引き目もあるのだろう。私がひどい仕打ちをされても庇う事をしなかった。逆に、私を庇ってくれた使用人は邸宅から追い出された」

「ジェフリーさん・・・」

「なんだ?」

「僕が側にいます。側にいて守ってあげます」

目に涙を溜めて、胸を叩くジュンにジェフリーはふふッと声を漏らし笑う。

「そんな小さな体でか?」

「体は小さいけど、できる事はきっとあります!そうだ!僕が身の回りの世話をします。掃除とか見張りとか!」

「見張り?」

「あっ・・・」

「・・・そうか。またやっていたのか」

「またって・・・?」

「使用人が部屋を漁っていたのであろう?よく部屋の物を盗っていく。まぁ、半分は夫人の命令だろうが・・・」

「夫人の・・・?それは、何でですか?」

「私が隠れて金目の物を隠していないか調べているんだ。給料のほとんどを取られて、そんなお金はないのに疑い深い人でな」

「・・・この邸宅を出たいとは思いませんか?」

「どうだろうか・・・その考えはとっくに消え失せたのかもしれない。騎士の宿舎に入ると言った時は、給料を誤魔化す気かと怒られ、軟禁されたしな」

「ひどい・・・」

そう呟いたジュンの頬に、ジェフリーの指が触れる。

「もう泣き止め。お前が乾くには時間がかかるだろう?」

ジュンはその指をギュッと掴むと、ジェフリーを見つめながら口を開く。

「僕はジェフリーさんが嫌だと言っても離れません。それは記憶を取り戻しても変わりません。ずっと、ずっと側にいます」

「・・・好きにしろ」

ぶっきらぼうに答えたジェフリーの言葉が嬉しくて、ジュンはゴシゴシと涙を拭い、ハイっと答えた。

それから、一緒に寝たいとお願いするが、子供であるまいしと即答で断られた。

その事で耳を項垂れていたジュンを見て、ジェフリーは小さく笑う。

「お前のそのビショビショに濡れた場所が乾いたら考えてやる」

その言葉に、ジュンは目を輝かせ顔を上げる。

「明日、朝から窓際に座ってますね!」

溢れんばかりの笑みに、またジェフリーの心がほんの少し溶けた気がした。

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