第3話 孤独

あれから一週間ほど経った。

朝早くジェフリーは騎士の仕事へと向かう。

その間は自由に動き回っていいと許可を貰ったが、人が来たときは隠れてじっとしていろと注意される。

ジェフリーは、いい大人がウサギのぬいぐるみを持っていると知られるが嫌だと言っていたが、一週間もこの部屋で過ごしていると何となく他の理由があるのではと勘繰ってしまう。

ジェフリーはあまり自分の事を話さない。

いつもジュンが一方的に話し、それを興味示すではなく、ただ黙って聞いている。

合間に小さく相槌は打つが、質問には返さない。

それが、ジェフリーにとって嫌な事だと悟って、ジュンはあまり質問をしなくなっていた。

この部屋に過ごしていて、それはだんだん確信へと変わっていく。


記憶がないジュンには、この部屋の広さが普通なのかわからない。

でも、一度だけこの部屋の広さを褒めた時に、ジェフリーは小さく答えた。

「どうやらお前は貴族ではないようだな」

そう答えた意味がわからなかった。

仮にジュンが平民だとしたら、ただ広い事に感激するだろう。

だが、貴族だとしたらこの部屋が普通ではないとでも言うのだろうか?

煌びやかではないが、殺風景でもない。

騎士の部屋がそうなのかもと思ったが、ジェフリーの口ぶりはそうではなかった。

それに・・・一週間いて、部屋に人が来たのは2度だけ。

それも使用人らしき人達だった。

「まったく何で私達がこの部屋を掃除しなくてはいけないの?」

「仕方ないじゃないの。一応、この邸宅の人間なんだから」

「そうだけど、この部屋を見ればわかるじゃない」

「わかったから、簡単に済ませて出るわよ 」

一度目はこんな会話で、本当に適当に済ませて帰って行った。

二度目に来た時は、掃除そっちのけで引き出しやら何やらを開けてはガサガサし、舌打ちを何度もしながら部屋を徘徊していた。

それが、‘何かを盗っている‘事にジュンは気付いた。

それをジェフリーに話すべきか悩んだが、ジェフリーの(部屋での見聞き)がコレだったのでは無いかと思い辺り、何も言えずにいた。


ある日の晩、ジェフリーの帰りが遅く、ドアの前でジュンはウロウロと帰りを待っていた時だった。

ドアの外でジェフリーと女性の声がして、ドアに聞き耳を立てる。

「目立たないでと忠告したはずよ」

「何もしておりません」

「とぼけないで!言ったでしょ?伯爵家の名を汚してはいけない。嫡子であるラットより目立ってはいけないと」

「心得ています。ですので、私には何の事か身に覚えがありません」

ジェフリーがそう溢した瞬間、バシンッと鈍い音が響き渡る。

「本当に生意気ね。貴方が剣術の模試大会で上位を獲ったと聞いてるわ。いい?あなたはラットより上回ってはいけないの。私生児の分際で名をあげようなんて思わないで。息を潜めて過ごし、金を稼いで家に収める。簡単な事がどうして出来ないの?」

「・・・・申し訳ありません」

「ここで暮らせるだけ、ありがたいと思いなさい」

「はい・・・」

小さなジェフリーの声が聞こえた後、ヒールの音を鳴らしながら女性は去っていく。しばらくの間、ジェフリーも何か思う事があるのか、なかなか部屋に入ってこなかった。

ジュンはドアの向こうで、体を震わせる。

そして、ゆっくりとドアが開かれると、目の前に立って俯いているジュンを見つけたジェフリーが、何をしているのかと尋ねるが、ジュンは黙ったまま俯いていた。

そっとジュンは抱き上げると、ジェフリーは声を漏らす。

「聞いていたのか」

口を固く結びながら大粒の涙を溢すジュンの姿が見えたからだ。

ジェフリーの声を聞いて、ゆっくりと顔を上げたジュンは小さな手を伸ばし、打たれた頬にそっと触れる。

「ジェフリーさん、僕、記憶がないのがこんなに悲しいと思いませんでした」

「・・・悲しいのか?」

「今まで不安もあったけど、ずっとジェフリーさんが側にいてくれてたから、僕、何も怖くなかった。でも・・・」

「でも?」

「僕、記憶がないからなのか、それともただのバカなのか、みんなが言っている事がわかりません。それが悔しいです。どうして、こんなに優しいジェフリーさんを、みんなは冷たくあしらうんですか?僕はそれが悔しい。もっとみんなが言う言葉が理解できたら、きっと悲しんでるジェフリーさんを守る事も、慰める事もできるはずなのに、それが出来ない事が悔しいです」

ボタボタと流し続ける涙で、布が湿り、ジュンの顔の膨らみが萎んでいく。

それなのに、涙を止める事も、拭う事もせず、だたジェフリーの頬を労るように撫でながら、ジュンは真っ直ぐにジェフリーを見つめていた。

それが、ほんの少しだけジェフリーの心を溶かしていた。

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