第2話 ふかふかな感触

「ぎゃー!!何を・・おぼ・・溺れます・・・」

水を溜めた桶の中で、ジュンはバタバタともがいていた。

「静かにしろっ!ただ、洗っているだけだ。お前は汚すぎる」

ジェフリーは乱暴にジュンの体を押さえつけながら、ゴシゴシと洗っていく。

「ジェ、ジェフリーさん、僕、自分で洗います。そんなに乱暴にしたら、弱った糸がほつれます!」

ジュンの必死の訴えに、ジェフリーは手を止める。ジュンはふぅふぅ言いながら桶の端を掴むと、潤んだ目でジェフリーを見つめる。

「・・・・やめろ。そんな目で見るな」

「ジェフリーさん、僕、洗い終わったら体を絞られて、外に干されるんでしょうか?」

「そうだ。それ以外にどうしろと?」

「では、僕が自分で自分の体を絞ります!だから、外に干さないで窓辺に置いて下さい!」

「何故だ?」

「外に干して、誰かに攫われたらどうするんですか?人じゃなくても、このクリクリと光る目欲しさに、鳥が攫っていったらどうするんですか?そしたら、僕は中の綿を引っ張り出されて、お目々も・・・うっうっ・・・痛みは感じませんが、そんなのは嫌です・・・」

目から大粒の涙を流しながら、ジェフリーを見つめるジュンに呆れた眼差しを送りながら、ジュンを掴んでいた手を離す。

「わかったから早く洗い終われ。誰かに見つかると面倒だ」

ジェフリーの返事に安堵したのか、涙を止め、ハイっと元気よく返事をする。

それから一所懸命短い手を使って体を洗い始めた。



「ジェフリーさん、僕、幸せです」

窓辺にもたれながらジュンはウトウトし始めていた。

「幸せのレベルが低いな」

「そうですか?僕、何となくなんですけど、こんなに穏やかな時間を過ごしたのは初めてな気がします」

「・・・・・」

「それに・・・ジェフリーさんみたいに優しくてかっこいい人に拾われた・・・僕は・・・それが、一番・・・うれ・・し・・い・・・」

途切れ途切れの言葉を最後に小さな寝息を立てて、ジュンは眠りに入ってしまう。

シェフリーは小さなため息を吐きながら、窓辺に近寄り、ジュンの耳を触る。

ほんの少し乾いてきた耳が、思いのほかふわふわと柔らかい肌触りになっているのに気付き、何故かずっと触りたい感覚に襲われ、何度も何度も撫でる。

「ふふっ・・・くすぐったい・・・」

耳をピコピコ動かしながら寝言を言うジュンに、ジェフリーは小さな声で呟いた。

「どうせ、お前も私から離れていく」

その切ない呟きを残して、ジェフリーは部屋の外へ出ていった。


カタン・・・

小さな物音に気付き、ジュンが目覚めると、ジェフリーがトレイを小さなテーブルに乗せていた。

窓の外を見ると、すっかり日は落ちていて、それがジェフリーの食事だと気付く。

部屋の明かりは小さく、それでも目視できるトレイの上の物を見たジュンは口を開いた。

「ジェフリーさん、お腹足りますか?」

「・・・・あぁ」

ジェフリーは皿に乗ったパンをちぎりながら、答える。

「ジェフリーさん、とても体付きいいのに・・・」

そう溢したジュンの声を無視しながら、ジェフリーは黙々と食べていく。

トレーに乗った皿にはパンが一つと、スープだけ・・・それなのに、お腹が足りると言うジェフリーをジュンは不思議そうに見つめていた。

背は180を超えているだろうとわかるくらい高く、肉付きもがっしりしている。

こんな食事で、どうやってこんな体が作れるのだろうかと疑問に思う。

顔も整っているのに、出会ったばかりなのもあるが笑っている姿を見ていない。

それどころか、長く伸びた紺色の長髪の合間から見える薄く青い瞳は、寂しそうな影を落としていた。

じっと見つめているジュンに気付いたのか、ジェフリーが口を開く。

「昼は騎士の詰め所で食べているから問題ない」

「えっ!?ジェフリーさんは、騎士なんですか!?」

「あぁ。王宮勤めだ・・・と言っても、下級隊だ」

「わぁ!かっこいい!どうりで体付きが逞しいんですね!下級隊が何かわかりませんが、ジェフリーさんは本当にかっこいい!」

身を起こし、ぴょんぴょんと跳ねながらジェフリーを褒める。

その姿を見たジェフリーが小さくふっと笑みを溢した。

「わっ!今、笑いましたね!」

「笑ってなどない」

ジュンに指摘され、一瞬で無表情になるジェフリーに、うそだっ!と歓喜の声を上げながら、飛び跳ねていると足を滑らせ下へ落下する。

それをすかさずジェフリーが受け止めると、ジュンはまた歓喜の声をあげる。

「流石です!わぁ・・やっぱり僕は幸せ者だ。こんなにかっこいい騎士さんで、優しいジェフリーさんに拾って貰えたんですから!ジェフリーさん、本当にありがとうございます」

ジュンは満面の笑みを溢して、ジェフリーを見つめた。

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