第7話 使うこともない

「ごめん」


だが彼女らの目の前には存在した。白馬は軽く頭を下げ、彼女たちの申し出を断る。


「な、なんで?」


断られるとは思わなかった望月は、若干唖然とした。


 望月は自分の容姿の良さを自覚しているし、告白された経験も一度や二度ではない。町に出かければ読モとしてスカウトされたこともある。スカウトしてきた人がチャラくて怖いので断ったが。


 大体の男子は自分が声をかければ恥ずかしがるか喜ぶか、手の早い男子なら連絡先を聞いてくるかだ。


「なんでって言われても…… 男子一人ついていったら気まずいんじゃない?」


常識的に考えたら断るべきだろう。そう思った白馬は通学鞄を持った。


読みかけの本もあるし家には今日の分の洗濯もある。これ以上時間を取られたくない。


「いやいや、今言ったじゃない。私たち山なんて詳しくないし。だから登山の先輩に教えを請いたいわけ」


「それなら、登山部の人とかの方が詳しいんじゃない?」


 山に囲まれたこの霧ヶ峰市では、高校に登山部があるところも多い。


 部活である以上ただ山に登るだけでなく、テントの設営の仕方や計画の立て方など細かく点数が付けられ、インターハイもあるのだ。


「私も初めはそう思ったんだけどね。佐久がさ……」


「……さっきも言ったけど体育会系の人って、苦手。体格がいいだけでも怖いのに集団になって大声で話されるとそれだけで恐怖」


 佐久は血が蒼いのではと思うほどに白い手を握り締めて呟いた。


「ほらせっかくだし、同じクラスの人と行くのもいいでしょ? 親睦を深めるってやつ」


散りかけの桜の木から、花びらがひとひら教室の中に舞い降りてくる。


放課後の教室に舞う桜花。人によってはエモい光景だとスマホを取り出して撮影するだろう。だが白馬は顔をしかめて花びらを払った。


「ど、どうしたの?」


「……いきなりキレる一歩手前、っていう顔をしたからびっくりした」


「あ、ごめん。桜の花って、あんまり好きじゃなくて」


「好きじゃない? わ、わかる~。掃除とか大変だし」


望月は常識と離れた言動にも嫌な顔一つせず、話を合わせた。


「いや、そうじゃなくて…… 僕は昔から転校が多かったから。桜を見ると別れの季節って言う感じがして、つい。この霧ヶ峰高校がある町にも、今年の春引っ越してきたばかりで」


「……私も、そう」


白馬の言葉を拾ったのは、珍しく佐久の方だった。


「……お花見には体が弱くて行けないことも多かったから。『私は行けないのに、なんでみんな楽しんでるの』って、病院のベッドでいつも思ってた」


「あ、そうか。それで白馬くんのこと知ってる人、誰もいなかったんだ」


白馬に話しかける前に望月は交遊関係の広さを駆使して調べたのだ。


しかし白馬の中学時代はおろかなに中かさえ、知っているクラスメイトはいなかった。


「と、とにかく!」


暗くなりかけた空気を望月が強引に引き戻した。


「私たちは白馬くんと一緒に行きたいの! 佐久もいいよね?」


 佐久は腰まである黒髪を揺らしながら、ためらいがちにうなずいた。


 美少女二人とハイキングに出かける。男子なら誰もが羨むだろう。


 だが白馬の優先順位は違った。そもそも今週の週末は天気もよさそうだし、久しぶりに遠くの山まで行こうと思っていたのだ。


 雪が残っているからアイゼンの爪も研ぎなおし、色々と準備してきた。気が合うかもわからない相手と休日を過ごしたくない。


 そこで白馬は、別の断り方を思いつく。


「じゃあ質問。日本で二番目に高い山は?」


「え、急になに?」


「近場と言っても、山に行くならそれなりに知識はあるはずだよね?」


 相手が答えられなかったら勉強不足だと断る。もしくは空気が悪くなったら改めて断る。


「二番目? 一番は富士山だけど、えっと……」


軽くテンパる望月に白馬は内心ため息をついた。この子たちの山への関心度なんてこんなものだ。陸上部の楢川とのことを思い出す。


また僕がやらかした時、引くに決まっている。男子ですらあれなのだ、女子ならばなおさらだろう。


せっかくの休日にいやな思いをしたくないし、気まずい関係にもなりたくない。

どうせ切れる関係なら、初めから結ばないほうが合理的だ。


「……二番目は北岳。標高三一九三メートル、山梨県。危険な場所も多くて富士山よりはるかに難易度が高い」


だが調子を全く崩さず、立て板に水を流すような佐久の回答に白馬は目を丸くする。


「……三番目は奥穂高岳。標高三一九〇メートル。長野と岐阜の県境」


「なんで知ってるの」


「……地理の教科書見てたら自然に覚えた」


「すごいね! ちなみに奥穂高岳は霧ヶ峰市から行きやすいから僕も行ったことがあるんだ。途中までは散歩みたいなコースで、途中の山小屋のアイスクリームが絶品で、それから山道を登って着いたヒュッテからの眺めがほんと凄くて」


「わかったら、ちょっと……」


「……興味深い」


佐久はブレザーの内ポケットからスマホを取り出した。


「……ほんと。登山の写真があるけど確かに山小屋までは平坦。これなら私でも歩けそう」


「佐久?」


「……とりあえずさっき言ってた近くの里山、お願いしてもいい?」


「もちろん!」


 するすると承諾の言葉が出たことが、白馬は自分でも不思議なくらいだった。


「今度の日曜でいい? 時間は……」


「あ、連絡先教えるから。あとで連絡して」


「これが連絡先…… あ、こうしたほうが早いよ」


白馬が手入力で番号を登録しようとすると、望月がQRコードの使い方を教えてくれる。


使う相手もいないのでそろそろアンインストールしようかと思っていたコミュニケー

ションアプリに、初めて連絡先が追加された。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。白馬くんはどうする?」


「僕は寄るところがあるから。また日曜日に」

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