第6話 スポーツは嫌い
噂の渦中の人物、白馬峻は彼女たちのすぐ近くにいた。
同じファミレス内だがちょうど佐久たちの席からは死角になり見えない。入学式前に霧ヶ峰市を散歩していると、一人になれるのによさげなファミレスを見つけたので時々利用していた。だがこれほどに同じ高校の生徒が利用するとは想定外だった。
これからは場所を変えたほうが良いかもしれない。
そう思い、残された数学の宿題に手を付ける。
確率やデータ分析など、高校になってぐっと勉強が難しくなった。
「……それはこの公式を使えばいい」
「……そこに当てはまる単語は、」
イヤホンをつけていても耳に入ってくる会話。自分が四苦八苦する問題を、事も無げに片づけていく同学年の人間。
嫉妬と共に尊敬の念も湧いてくる。
確か体が弱かったと聞いたが、大丈夫だろうか。ここ霧ヶ峰市は今まで住んでいたど
の地方と比べても気温が低い方で、高地にあるためか昼夜の寒暖差も大きい。
病弱な少女には堪えるのではないだろうか。
心配になると同時に、自分も佐久という少女に聞いてみたくなる。
だが白馬はそれをしない。穏やかで冷めた印象を与える瞳を細め、ノートと教科書を必死に読み込む。
勉強も、運動も。いままでずっと一人でやってきたし一人でやってこられた。
友人関係なんて必要を感じない。
どうせ、またすぐにいなくなるのだ。
佐久たちが席を立って会計の方へ向かっても、一度家に帰って私服に着替え、背を向ける位置に座っていたこともあり誰にも気づかれることはなかった。
「白馬くん、ちょっといい?」
ホームルーム前の教室でスマホを眺めていた白馬は声の主に視線を向ける。そこにいたのはクラス内で早々とトップカーストの地位を確立した榛名望月だった。ウエーブのかかった茶髪をかき上げながら、切れ長の瞳で白馬を見つめる。
望月が花の咲くような笑顔を浮かべ、それだけで周囲の男子はとろけたような表情を見せた。
「何の用?」
だが白馬の表情は微動だにしない。
「えーと、今チラっと見えた写真なんだけど。それって、この近くの里山?」
白馬のスマホには巨木ほどもある大きさの山ツツジが映っていた。この霧ヶ峰市近くの里山の名物で、登山口から三十分も歩けば山頂にたどり着ける。
「そうだよ」
「やっぱり…… 小耳にはさんだんだけど。白馬くんって登山とかに興味あるほう?」
「まあ、そうだね。休みの日はよく行ってる。例えば……」
白馬は同志を見つけたと思い、嬉しさで延々と語り始める。
半分以上望月にはちんぷんかんぷんだったが、笑顔で乗り切る。興味のない話を笑顔で聞くことなど陽キャにとっては朝飯前だ。
「ほんと? それなら放課後、ちょっと相談に乗ってもらってもいいかな?」
「構わないけど」
周囲の男子からの突き刺さるような視線を感じながらも、同志を見つけたと思い込んだ白馬はそう答えた。
放課後の空き教室に集まった三人は、二つの机を付けて席を囲む。
「改めて自己紹介するね。私が榛名望月」
「……妙高佐久」
望月は笑顔で手を振り、佐久は気だるげに軽く頭を下げる。
「白馬峻だよ」
美少女二人と空き教室。自分たち以外の会話は聞こえず、時折グラウンドから聞こえる掛け声や吹奏楽部の楽器の音が耳に入るだけ。
健全な男子高校生としては胸が高鳴るシチュだが、白馬はそれを必死に抑え込んだ。
「こんなこと、いきなり言われて迷惑かもしれないけど……」
教室内ではいつも快活な望月が、もじもじと体を揺らす。
視線は白馬と教室内の備品を行ったり来たりしてせわしない。
やがて目の前の男子と目をしっかりと合わせると、意を決したかのように桜色の唇を開いた。
「あいたっ」
「……望月。これから話す内容と雰囲気がまるっきり合ってない。そんなんじゃ誤解される」
「だからって、いきなり後頭部をチョップはないでしょ」
「……基本ビビりなのに、無理するから」
二人のやり取りに思わず白馬は笑いが漏れる。
さっきまで望月の緊張にあてられて自分も固くなっていたが、すっかりほぐれていた。
感じからして色気のある話ではなさそうで、わずかな落胆と安堵と共に自分から口を開いた。
「それで、結局僕に何のお願い? 山関連のお話だとは思うけど」
「まあ、結論から言うと私と佐久をハイキングに連れて行ってくれない? あ、そんなに本格的なのじゃなくていいから」
「……朝に望月が言ってた、近くの里山で構わない。どのみちそんな長距離を歩く体力が私にはない」
「なんでハイキング? 妙高さん、体が弱いんじゃ……」
「……担当の医者から、軽く体を動かしたほうが良いって。散歩より少し強いくらいの運動強度がいいらしい。また発作で苦しむのも嫌だし。でもただ散歩っていうのもつまらなくて」
「他にスポーツ勧めたんだけどね。私と一緒にバスケ、とか」
「……スポーツ嫌い。みんなと比べられるのが嫌。そもそもどうして体育って一緒にやるのか意味不明。上手い人と下手な人で分ければいいのに」
「確かに…… 僕も長距離走以外得意じゃないから、その気持ちわかる。特に野球とサッカーが苦手かな」
「……男子ならそうなるか。私は他にテニスとか、バトミントンとかも苦手。小さなころからやってる人と差を見せつけられる感じがする」
「事情は分かったけど…… なんで僕に?」
白馬は短く刈り揃えられた髪をなでながら考える。そういう話は親しい人に持っていくものじゃないだろうか。
「いや、あらかじめ色々聞いたんだけど、山に興味ある人がいなくて。それに佐久を
連れていくなら安全面に詳しい人のほうが良いだろうし。そういうわけでハイキングに連れていって欲しいんだ」
望月は飛びっきりの笑顔を浮かべてそう言った。彼女のような美少女に微笑まれて心を動かさない男子など存在しないだろう。存在しない、はずだった。
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