仙台藩、蝦夷地を支配す
飛鳥 竜二
第1話 プロローグ
空想時代小説
時は幕末の1851年。林子平が書いた「開国兵談」が復刻刊行された。「開国兵談」とは、林子平が長崎に留学していた際に、オランダ人から聞いた話をもとにして書かれた。異国からの侵略を防がなければならないと訴えた本である。林子平は、仙台藩士である兄の屋敷で謹慎処分を受けて2年後に亡くなっている。ところが、1793年に林子平が亡くなると、実際に蝦夷地の根室にロシアの軍船がやってきた。幕府は、真剣に国防を検討しなければならなくなったわけである。
この時期、活躍した人物に間宮林蔵がいる。彼は、1799年に国後島にある幕府の詰め所にいた。そこで、伊能忠敬に測量技術を教わっている。
1806年にロシアの海軍武官による襲撃があり、国後の幕府方は退去せざるをえなかった。幕府がロシアとの通商を断ったので、それに対する腹いせに襲撃してきたのである。後に、この事件は海軍武官による私的な襲撃として、ロシア当局からわび状がきている。
そこで、幕府は仙台藩をはじめとする東北諸藩に蝦夷地への出兵を命じる。函館・択捉・国後の警護である。仙台藩は、1808年に2000名の藩士を出兵させたが、さほどの衝突はなく、1821年に引き揚げている。しかし、この出兵は莫大な出費となり、仙台藩の経済に影響を与えている。
1853年には、ロシアが樺太全島領有宣言を出している。それまでは樺太は日露混在の地であったが、いよいよロシアが牙をむきだしにしてきたのである。
1855年に幕府から再び、蝦夷地への出兵を仙台藩は命じられた。仙台藩だけでなく、盛岡藩・会津藩・久保田(秋田)藩、庄内(山形)藩・津軽藩も同様に蝦夷地への出兵を命じられている。仙台藩は大藩なので、蝦夷地の東半分を割り当てられた。蝦夷地の3分の1以上を担当することになったわけである。仙台藩は、前回の出兵で多大な出費を伴ったので、幕府に願いを出し、この地を仙台藩の所領とすべき働きかけをした。そして、4年後の1859年、この願いが受理され、白老・十勝・厚岸・国後は仙台藩の所領となった。仙台藩の蝦夷地支配の開始である。この物語は、このような時代背景のもとに起きた話である。
1863年夏、白老の仙台藩陣屋に200名ほどの仙台藩士がいた。中心は、代官の三好監物、副官は四竈(しかま)英馬、将兵頭は氏家秀之進である。その3人が、今度の国後派遣の人員の選考をしていた。まず、英馬が口を開いた。
「10人ほどの人数を率いていかねばならぬので、その格にあうとすれば、堀切格之進あたりが適当かと思いますが・・」
その言葉に、格之進の上司である秀之進が口をはさんだ。
「格之進は、鉄砲隊の主任でござる。代わりの者がおらず、いなくなるとここの守りが危なくなります」
その意見を聞き、英馬は苦虫をかんだ顔をした。
「それでは、片倉小十郎殿の家臣である高野主水ではどうか?」
「高野主水? あの新参者か? 大丈夫か? あれで?」
秀之進が疑問を呈した。
「大丈夫か何も、10人の部下を付けるとなれば、高野あたりの格が必要だ」
仙台藩は身分が細分化され、一門を筆頭にし、家臣全員が格付けされていた。その格により、職務が定まっていたのである。仙台藩開祖の政宗が身分の低い片倉小十郎を重用したのは別格だった。その当時も、小十郎はまわりの者から見下されていたのだ。
「監物殿、いかがでござる?」
英馬のうかがいに、三好監物は重い口を開いた。
「他におらねば、いた仕方なかろう」
翌日、高野主水は、代官の三好監物に呼ばれた。と言っても、指示をするのは副官の四竈英馬である。傍らには将兵頭の氏家秀之進がいた。
「高野主水、そなたを次の国後陣屋支所の主任に命ずる。10人の部下を連れ、国後へ行き、遠藤隆信と交代せよ。任期は1年じゃ。来年の夏になれば新しい者を派遣する」
「はっ、わかりました」
と主水は殊勝に答えた。しかし、主水は不安だらけであった。この春に白老に来たばかりで、蝦夷地のことをまだよくわかっていない。アイヌの言葉もまだよくわからない。いっしょに来た10人の片倉の家臣も同様である。通訳や道先案内人はいるが、その者たちとは顔を合わせたことはあるが、話したことはない。気が許せる仲間かどうかもわからないのである。
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