花瓶

狂酔 文架

第一話

 私という人間は、どうやら二人いるらしい。

 ドッペルゲンガーを見たことがあるなんて突飛な話でもないし、物理的に私が二人なんて話をしたいわけでもない。


 私の中に私が二人いる。つまりは二重人格ってやつだ。


 いつからそうなのか、何がきっかけでそうなったのかなんて私は知らないし、そもそも、もう一人の自分は私なのかそれとも僕なのかすら知らない。


 気が付いたらそうだったのだ。まるで花が咲くように、それは私の中に生まれていた。


 そうやっていつからか、まるで季節が巡るように私たちはめぐり続けた。

 そんな私を、母親も、先生も、友達もすんなりと受け入れてくれた。

 正直意外だった。まだ当時中学生にもならない少女が、私は二人いると言い出したのを、私以外のみんなは、すんなりと受け入れてくれた。

 気持ち悪いはずの私を、誰も拒絶しなかった。

 得体のしれないはずの私を、誰も恐怖しなかった。

 結局一番受け入れられないのは、その時から、私自身なのだ。


 自分の知らない自分がいるという、なんとも言えない気持ち悪さと、自分の制御の効かない自分という、得体のしれない存在に、私は恐怖していた。


 曇りがかった視界の中、もう一人の自分が目に映す景色を私は夢を見るように眺めている。

 夢の中の私の前で親しげに微笑む人々の中に、いつからか私の知らない人が増えていった。

 夢の中の私に手を差し出す人が、いつからか増えていった。

 私の夢の中で、もう一人の私は、自由に生きていた。


 そんな自分を見て、私は私を忘れそうになっていった。やがて花が咲き誇り、根や種子の存在すら感じさせないように、ただ自然に、私は私を忘れそうになった。


 何もない私を、私は失いそうになった。消えてしまったほうがいいんじゃないか、消えてしまいたいと、いつからか思うようになっていた。


 一度だけ、いきなり夢から覚めたことがある。いつもは寝て起きたように私の番が来るのに、その時は押し出されたように私の番がおとづれた。

 偶然にもその時、鏡に映った私の顔を、咲き誇るような私の笑顔を、私は生まれて初めて目にしていた。


 昔から言われていた、私には笑顔ができないと、私は笑えないと。自分でも知っていた、私には涙すら流せないんだと、でも違った。

 鏡の前で、ただ自然に笑っていた私を見て私は気が付くと涙を流していた。 

 恐怖や辛さよりも感動に近い涙が、私の頬を流れ落ちていった。 

それは、晴天の空を、気づかぬうちに雲が空を覆うように、でも、雨よりも晴天に近い涙を、私の頬をつたった。


 私は笑えないのだろう。この笑顔は私じゃない私のものだ。でも誰かから見た私は、笑えるのだ。


 多分、この体は誰かから見て、もうひとりの自分のものなのだろう。

 笑えない私は、ただの根だ、生まれただけ、花にはなれない。私にできるのは、咲き誇る花を、支えることだけだ。


 私はもう一人の私が怖かった、私を奪って、私を消そうとしているんじゃないかと。でも、私は彼女がいることで、自分が笑えることを知った。私は彼女のおかげで、涙を流すことができた。

 もし、彼女が偽物で、私がこの体の本物だったとしても、もう一人の自分を支えてやろう。咲き誇る花が、枯れないように生きよう。そう思った。

 

 

 

 

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花瓶 狂酔 文架 @amenotori

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