98.ゲーリン博士の実験

 ギロチン刑が盛んに行われた革命前後のフランス。好奇心旺盛な科学者たちはある疑問に悩んでいた。我らがゲーリン医学博士もその一人だった。

 人間は斬首された後、どの程度意識が残っているのか? ゲーリン博士は収集した資料をむさぼるように読んだ。反政府的政治活動からギロチン刑に処された、アントワーヌ・ラボアジエに関する記事だ。

 彼は<斬首後も意識があったならば、可能な限りをする>と弟子に言い残した。弟子が目撃し書き残した記録によると、ラボアジエは処刑後15秒にわたってまばたきし続けた、というのだ。

 もちろん、全く動かなかった他人の反例もある。まばたきは意識による行動ではなく、神経的な反射でしかないという説もある。

 ゲーリン博士は自分もぜひ実験したいものだと考えていた。


 とある日、<串刺しユーゴ>という悪人が死刑判決を受けた。強盗に入った先の家人を皆殺しにした強盗団のかしらであった。

 ゲーリン博士はユーゴに会い、実験を持ちかけた。ユーゴには何らメリットのない取り決めであったが、意外にもユーゴは上機嫌でゲーリン博士と約束を交わした。

「では、首を切られた後、もし意識があったなら、目を動かしてほしい。右を見て、左を見て──という具合だ。それなら生理的反射とは言えないだろう」

「わかったよ、旦那。俺様も科学とやらに役立つわけだ」

「その通りだ。やってくれるかね」


 死刑執行当日。

 ユーゴはにやにやと笑いながらギロチン台にかけられた。

 当時、処刑は公開されている。大勢の観客の前でも、ユーゴはふてぶてしさを失わなかった。

 罪状が読み上げられ、罪人の名前が高々と告げられる。そうして処刑人に合図が贈られた。

 鉄の刃が落ちる。ガツン、と金属が激しくぶつかる音がし、切断されたユーゴの首は前に置かれたバスケットの中に落ちた。

 ゲーリン博士は急いで首の様子を確かめた。


 <串刺しユーゴ>の首は、目はそのまま、口を開け、大きく舌を出した。それきり動かなくなった。


 

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