76.ある朝のこと   (Not 意味怖)

 出勤のためにホームで電車を待っていたら、レール上を巨大な錦鯉が泳いでやってきた。

 白い体に緋が出ていて、そこに黒が絡んでいる。典型的な大正三色だ。

 乗り口がないが……うろこにつかまればいいのか?

 少し考えていると、下り線をもっと大きな黒猫が来て、鯉の尻尾をくわえて引きずりながら行ってしまった。

 これじゃ会社に遅れるかもしれないな、と私はスマホを取り出し、背面についている手回しレバーを十、回す。最近は太陽光発電の機種も発売されているけれども、神聖な帽子に太陽電池を貼るのは気が進まない。

 有機ディスプレイが点灯してVirtual電話交換手が出たので、会社の係長につないでくれとお願いした。何か電車が事故ってるようですと係長に報告すると、無理はするなよ、と言われた。少し待ってみることにした。

 今度は空から大きなとびがバサバサと羽音を立てながらホームに降りてきた。

 私は安堵した。これにはちゃんと乗り口がついている。

 私たち乗客が数十人乗り込むと鳶は大きく羽根を広げ、飛び立った。

 街がぐんぐん小さくなる。ここで私は間違いに気づいた。

 ──しまった。に乗ってしまった。

 特急なら弾道飛行になるところだが、そこまでのGは感じない。

 私は地球の丸みから上る太陽を見ながら、昼に何食べようかなと考えて、揺れで少しズレた山高帽を直した。


 行き過ぎた駅のぶん戻らなければならない。思ったより人力車タクシーがつかまらず、会社にはかなり遅れてしまった。

 まあ気持ちを切り替えて仕事に励むとするか。

 どうということもない朝の出来事だった。


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