見守る人   (Not意味怖)

 幽霊って、いろいろな見え方をするものらしい。もやのように揺らいでいるとか、首だけ浮かんで見えるとか。

 部屋のドアを開ける。和香さんは私に気づいて微笑んだ。

「今日は遅かったのね。なにかあったの?」

「べつに」

 和香さんは私が最低限しか外出しないことを知っている。私はそっけなく返事をして、近所のスーパーで買ってきた食料品をテーブルに置いた。

 一年前に他界した和香さんは、私には本当にそこにいるかのようにくっきりと見えている。

 私は前の会社の時、鬱になった。その時にODオーバードーズを何回かしたから、和香さんがいた、それを認識したときに頭の中が壊れてしまったのだと思った。

 だから、本当に幽霊として和香さんがいるのか、それともただ幻覚が見えているだけなのか、私には判らない。


 両親を早くに亡くした私にとって、和香さんは二人目のお母さんといっていい存在だった。鬱になって私が一番しんどい時期に、交通事故であっさりと亡くなった。私は葬式にさえ出なかった。外に出て知人にあれこれ聞かれることに耐えられなかったから。


 いろいろと世話してくれたことを思えば、ひどい女だと思う。嫌われても当然。それでも私をひとりにしておくことが、和香さんにはできなかったのだ。

 今も和香さんは、この部屋にいる。


 でも、このままではいけない。

 心地いいかもしれない。和香さんがいなくなれば私はまた、精神的に危うくなるかもしれない。

 それでもこの状態は不自然なのだ。とても怖い。けれども。


「和香さん」

「ん、なあに?」

 和香さんは器用に買い物袋の中から卵やら野菜やらを選び出し、冷蔵庫にしまっていく。ポルターガイストってやつなのかもしれない。

 私は一枚の紙を和香さんに差し出した。

「あのスーパーのバイトの、面接に行ったんだ。私、採用になったんだよ」

 静かに和香さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「すごい。がんばったね」

「私は大丈夫。だから──」

「うん、そうだね。このままじゃ、だめだね」



 気配が消えた。

 和香さんは行ってしまったのだ。


 私はひとりで夕ご飯を作って食べ、薬を飲んだ。


 和香さんのいない部屋は、なんてがらんとしているんだろう。空気さえ止まってしまったような静けさがあった。これでいいのだと自分に言い聞かせつつ、泣いた。





 数日後、私のバイト先のスーパーで、夜勤の人がなにか視線を感じるという噂が立った。気のせいだろうと思う。


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