雪男

 ケンジとトウヤは登山中、山小屋にたどり着いた。まだ晩秋といってもいい時期にひどい吹雪。油断していた二人は小屋の存在に安心した。

 先客は二人。大きなバッグをそばに置いた、おそらくは地元の猟師。中に入っているのは猟銃だろう。ジロウと名乗った。

 もう一人はあまり山に慣れていない様子の若い女性、ミサ。

 夕方にもかかわらず小屋の中は暗い。ランプをつけて簡素な食事を終えると、小屋の無線機をいじっていたジロウが全員に向かって言った。

「災難だったが、明日には天候も回復するとの話だ。幸い薪はあるし、今夜さえ乗り切れれば助かる。君たちは寝袋は持ってるか?」

「ええ。二人とも持ってます。そちらは?」

「俺が緊急用の保温ミラーシートを持ってる。彼女に貸すよ。それと毛布があれば大丈夫だろう。薪ストーブの火は落としたくないから、火の番を決めて交代で薪を補充する、いいな? 薪は向こうの物置だ」

「了解です。雑魚寝になるけど、勘弁してくださいね」

「外で寝るよりましでしょう。モーニングコールはしてくれる?」

「雪をぶっかけてやるよ。それで起きなきゃ置いていく。化粧なんかしてる暇はないぞ」

「あら、やだ」


 深夜。叩き付けるような風は少しおさまっているが、相変わらず雪は降り続けている。火の番のために起こされたケンジは、ジロウがバッグから猟銃を出しているのを見た。

「どうしたんですか」

「匂いがする。獣だ。何か外にいる」

 どかん、と壁を殴るような音がした。全員起き出して、ひとところに固まる。

「ひっ……!」

 ミサが窓を指さした。巨大な、手がべたり。その奥には紅く光る瞳があった。

 猿とも人ともいえぬ、しかし知性を感じさせる、眼。

「熊じゃねえな。猟師を長くやってきたが、あんなのは見たことがねえ」

 四人は眠ることもできず、ひたすら朝を待った。

 外は、雪が降り続いている。


 朝になって外に出てみると、足跡は雪で消されていたが、あの窓にはグローブみたいな巨大な手の跡があった。

「何だったんだ、あいつは……」

 ジロウが呟く。トウヤが頭を振りながら、

「ビッグフットかイエティか、日本なら雪太郎……ケンジはどう思う?」

「UMAって意外に似てるんだよ。目撃談は多いが、物理的な証拠がほぼない」

「似てるって、じゃあ、ケンジくんはは何だと思うの?」


「原人──アウストラロピテクス・アナメンシスの幽霊じゃないかな」


 そりゃあないわとケンジ以外の人はみんなで笑った。

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