おじさんの話   (Not意味怖)

「最初に解剖した時──人の脳ってのは、手で持ったら意外に小さいんだな、と思ったよ」


 とホームパーティーの時、フレッドおじさんは言った。父の兄弟である彼は州のベテラン検視官だ。

 たぶん偉い人なんだろうけど、普段は人のよさそうな普通のおじさんだった。

 ただ、ときどき僕らにこういう話をしてくれるのだ。それは気味悪くも非常に興味をそそるものだった。


「まだおじさんが検視官になる前、法医学者──まあ師匠の手伝いというか、研修をしていた時のことだ。頭の上半分を吹き飛ばされた死体が運び込まれてきてな」

「……悪いやつだった?」

「ギャングの一員だった。抗争だったんだろう。近距離からショットガンでバン! さ」

 僕らは顔を見合わせた。

「作業をしていたら、師匠から背中の状態を見るから姿勢を変えろ、と言われた。完全に死んでるんだぞ? そいつを横向きにしたとたん──ぐぅるるぅ、と唸ったんだ」

 僕たちはびっくりした。

「ゾンビだ! ほんとにいるんだ!」

 とゲーム好きのジョンが叫んだ。

 フレッドおじさんは笑って答える。

「残念だが、そいつは起き上がりはしなかったな。人間ってのは魂が召された後も、いろんなことをするもんだ。そいつは肺に残っていた空気が姿勢を変えたせいで押し出されただけだった。おじさんはまだそれを知らなかったから、君たちと同じくらい驚いてひっくり返った。今でも師匠にはその事でからかわれるよ」

「おじさんでもそうなんだ」

 僕は不思議に思った。フレッドおじさんは体格もよく堂々としていて、揺るがない岩山のようだった。

 アクシデントに驚く姿なんて想像もつかなかった。

「死者のって聞いたことがあるか? 死体でまず腐るのは内臓なんだ。いろんな微生物が住みついているからな。夏の暑い盛りで棺を埋葬するときに、お腹で腐敗したガスが漏れてしまって棺の中から──」

「いい加減にしろ、フレッド」

 父が缶ビールをフレッドおじさんに差し出して遮った。

「子供が変な興味を持ったら困る」

「人間はいつか死ぬ。あまりに死をフィクションにしてしまうのはよくないことだと思うが」

「お前ら。こいつは変人だから、あまりまともに聞くんじゃないぞ」

「ひどいな、兄貴」

 フレッドおじさんは大人たちの話に戻っていった。


 僕は彼を師匠と呼ぶことになるのだけれど、それはずっと後のことだ。

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