マンホールの蓋

「君はこの道のマンホールのふたの数、数えたことあるかい?」


 男は背後から、唐突に声をかけてきた。

 俺が夜道を一人で歩いていた時だ。眉月が薄い光を投げかけている。

 反射的に振り返って男を見る。ひげを生やした三十代くらいの男。

 こいつ何言ってんだ。

「ないよ、そんなの」

「普通誰も気にしない。それも当然のことだ」

 その男は呟いた。その冷めた絶望が妙に気になった。

「マンホールの数がなんだって?」

「いくつある?」

 俺はざっと見渡し、街灯を頼りに道路を眺める。

「二つ」

「そうだな。気の向いた時でいい、昼間にもう一度数えてほしいんだ。その時、二個だったかを」

「つまりあんたはこう言いたいんだ。マンホールの数が増えたり減ったりしている、と?」

 俺は男の両手が小刻みに震えているのを見た。男はたぶんアル中だ。

「君には信じられないかもしれないな。私は昔、下水道管理をしていてね。道を歩いているとマンホールを数える癖がついてるんだ。そこである日、妙なことに気づいた。昨日には無かったマンホールがあることにね」

「なるほど……妙な話だな」

「マンホールに擬態した何か、がいるんだ。生物か無生物かも判らないが、何かいることには違いない。何故それに誰も気づかないんだ?」

「そりゃあもちろん──」

 俺はその男を撃ち殺した。

「余計なことをいう奴を排除する役目がいるからだよ」

 俺は大顎を変形させ、男の死体を喰い始めた。


 マンホールの蓋に擬態できるのに、人間には擬態できないとこいつはなぜ思ったんだろう?

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