自動車事故   (Not 意味怖)

 彼は自動車が大嫌いだった。


 自分で運転するなんて全く考えられないことだし、家族や友人の運転でさえも同乗を断っていた。

 なぜ嫌いなのか――それは彼自身でもわからなかった。

 鉄の塊が高速で動いているというだけで身震いがしたし、人間がそれを完璧にコントロールできるはずはないと固く信じていた。

 現に事故はいつもどこかで起きている。自分の番が牙を研いで待ち構えているのではないか――そんな思いがぬぐい切れなかったのである。

 彼の場合はもうとでも呼ぶべきなのかもしれなかった。


 大きな通りではいつも歩道の建物すれすれを歩き、万一自動車が突っ込んできても避けられる体勢を取っていた。

 むしろ車が入れないほど狭い路地に異常に詳しく、可能ならそういう道を選んで歩いた。その方が安心だから。



 万事がそんな調子だったから、彼がで死んだと聞いたとき、友人たちはみんな驚いた。



 その日たまたま立体駐車場の近くを通った時、出入りする車に気を取られ、彼は足を止めていた。いつものように周りを警戒しつつ。

 ちょうどその瞬間、駐車場の上の階で運転を誤った奴がいた。勢いよく車止めを踏み越え、落下したのだった。彼が立っていたその場所に。

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