ある家庭の話
今日は洗濯日和。昨日までのひどい雨が嘘のよう。
私はタケシちゃんの部屋に入って、脱ぎ散らした靴下を拾って洗濯カゴに放り込む。タケシちゃんは大事な日だとかで朝早くに出かけた。机の上に栄養ドリンクの空きビン。お勉強も大切だけど、健康の方は大丈夫なのかしら。ざっとゴミを片付ける。
洗濯機を回し、朝食を準備しているとハツミが起きてきた。
「おはよう、おかあさん。それくらい私がやるのに」
言葉とは裏腹にひどく眠そうだ。サブカルだかお軽と勘平だか知らないが、落書きみたいな絵のついたゆるゆるの服を着てピチっとしたタイツを穿いている。今はスパッツっていうんだったかしら? どうでもいいけど。
「動けるうちは働いてないとどうにも落ち着かなくて。ハツミさんは今日どうするの?」
「美容院を予約してあるの。昼から出かけます」
腫れぼったい目でハツミが答えた。特徴がないほど化粧は映えるというが、本当に別人みたいに化ける。それは素直に感心できるほどだ。
基本的にハツミはタケシちゃんとは正反対の性格をしている。素直で努力家のタケシちゃんとは違っていい加減で浅薄だ。
「まったく、二人とも家にいることの方が少ないんだから。淋しいわ」
「淋しいのは『タケシちゃん』がいないからでしょう?」
ガツガツとスパニッシュオムレツを品無く頬張りながら、からかうようにハツミが言う。
「共依存? ……溺愛? 理解しがたい感情よね」
「愛のない家庭は空しいだけよ。ハツミのような人にはわからないのかもしれないけど」
ふふん、と薄笑いを浮かべてハツミは空になった皿を雑にキッチンに運び、ひらひらと手を振った。
洗い物さえしないのか、あの女は。やっぱりタケシちゃんに意見しないといけないわね。
家事を済ませて一息。テレビをつけて、晩御飯のメニューを考える。
『本日行われた国会の指名選挙で、坂之上タケシ氏(51)が過半数の票を獲得しました。次期内閣総理大臣になることが決まり──』
あらあら、すごいわね。そうだ、晩御飯にはタケシちゃんの好きなハンバーグにしましょう。きっとすごく喜ぶわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます