30.戯れ歌

 クロエは煙草に火をつけると、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

 月もない深夜。小さな公園には誰もいない。英国イギリスの田舎、都会ならパンクあたりがたむろしているかもしれないが、ここらでは子供は既に寝ているだろうし、大人ならパブに行っているだろう。無人の公園。

 と思ったが、ぼんやりと子供らしい白い影が見えた。それも二つ。こんな時間に?

 親らしい人影は見えない。子供は二人とも少女だった。双子ではないのに──髪色や顔立ちは全く違っていた──全く同じ服を着ている。

 少女たちは歌っていた。



メアリー・アン・コットン、死んで腐ってる

目を見開いてベッドに横たわる

歌って、歌って、ああ何を歌えばいいの?

メアリー・アン・コットンはひもで吊るされた


どこかの、どこかの、霧の中

血塗ちまみれ腸詰めを1ペニーで売っている


メアリー・アン・コットン、死んで忘れられ

骨だけになってベッドに横たわる

歌って、歌って、何を歌えばいいの?

メアリー・アン・コットンは紐で吊るされた



 子供ならマザーグースにしとけばいいのに、とクロエは思う。まあ、あっちもだけど。メアリー・アン・コットン……確か昔の毒殺魔だった。成程、私の精神状態も怪しくなってるのね。


 クロエは家に戻った。テーブルには吐瀉物としゃぶつとともに死んでいる夫。その横に薬品の瓶を口をあけて置いておく。夫の指紋がついたやつ。

 保険は結婚の際にたっぷりと掛けておいた。あとはたわいもない理由を書いた遺書を置けばいい。端を輪にしたロープをはりにかけた。踏み台を持ってきて、輪の中に首を突っ込む。

 意識を失わないようにゆっくりと体重をかける。首にロープの跡をつければそれでいい。あとはの理由を頭の中に反芻はんすうする。

 苦しい。これでいい筈。クロエはしっかりと姿勢を立て直し、首からロープを外そうと……。

 

 がくん、と両足が重くなった。首が。クロエは慌ててロープが締まらないように首とロープの隙間に指を差し込もうとする。

 クロエは見た。両足に、さっき公園で見た少女がそれぞれしがみついている。

「放せ、このガキ!」

 背後にも人の気配を感じた。よく知っている気配。夫は死んだはずだ。横目で確かにテーブルにいる夫の死体を確認する。

 背後の影は踏み台を蹴飛ばした。クロエの両足が少女をぶら下げたまま、ぶらりと垂れる。


 少女たちは動かなくなったクロエから離れると、歌いながら駆けていった。



──メアリー・アン・コットンはひもで吊るされた

 

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