勧誘

「私には判ります。あなたにはカルマが非常に多く溜まっています。しかし、それはあなたのが非常に悪いことをしていた、ということなのです」

 と夜のファミレスで、彼女は言った。

 窓の外をパトカーの赤い回転灯が通り過ぎる。最近女性を襲う不審者が出るので警戒しているらしい。

 それはともかく、仕事終わりに「今夜時間がありますか。話したいことがあるんです」なんて言われたから、期待しちゃったじゃないか。宗教の勧誘かよ。

「カルマってやつが溜まるとどうなるわけ?」

「ろくな死に方をしませんよ。地獄に落ちます。だから今、善行を積まねばならないのです」

 即答か。

「じゃあ死ぬまでは、というか今の人生ではどれだけ溜まっても問題ないわけだ」

「地獄に落ちたらひどいことになるんです。永劫の苦痛に襲われるんですよ?」

「地獄なんかないよ。生まれ変わりもない」

「そんなことはありません!」

 彼女は驚くほど大きな声で言った。こういう人はもともと気が弱い性格であることが多い。きっぱり断言する相手は意外に苦手なのだ。この手の勧誘は不安を煽ることがメインであり、わざわざ合わせてやる必要はない。

「もともと仏陀は輪廻りんねから解脱げだつした人なんだぜ。輪廻にとらわれない、というなら仏陀並みの考えだと思わないかい?」

「……それは詭弁きべんです。無神論者の言いそうなことですね」

「俺は無神論じゃないさ。──この前地震があったけど、残念ながら犠牲になった人もいた。そういう人もカルマが多かったのかな」

「ええ、そうですね」

 彼女はその土地で言ったら罵声を浴びせられそうな答えを返してきた。

「じゃあ、もしきみが夜道で不審者に襲われて頭をぐちゃぐちゃに殴られて殺されたとしたら、きみのカルマが多かったってことになるのかな?」

「そんなことにはなりませんけどね。私はきちんと教えに沿って行動してますから」

 見込みがないと判断したのだろう。彼女は時間を取らせたことを詫び、帰り支度を始めた。

「家のそばまで送るよ。このところ物騒だからさ。念のため」

 と俺は申し出た。

 彼女は一瞬迷ったが、お願いしますと答えた。

 ポケットの中の特殊警棒の重みを確かめる。

 俺は無神論者じゃない。神なのだ。神に宗教の勧誘をするとは、なんという思い上がり。彼女にくらわせる一撃を想像しただけで俺は勃起した。


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