9.塩の効き目
あたしが帰りの電車に揺られていると、前にいた女子高生たちの会話が聞こえた。
「塩が幽霊に効くって本当かな」
「何か聞いたことある―。怖いビデオかなんかで皿に盛るやつ? とか置いとくの。効くんじゃなーい?」
「でもさ、塩分が効くんだったら海に幽霊は出ないよね。ぜんぶ塩水なんだから」
「あー。でも泳いでるときに足引っ張って来るとか、そういう話一杯あるよ?」
「だからさ、塩分が効いてるんじゃないと思う。それこそ海じゃないけど幽霊って水気を好むって話もあるじゃん? 井戸とかタクシー幽霊でシートが濡れてたとか」
「お風呂に出てくる奴もいるよね」
「でしょ。盛り塩ってあれ湿気を取るから効いてんじゃない?」
「うーん、あるかもね。そーいえばピンクの岩塩ってなんかいい味だよー」
彼女らの話はもう明後日の彼方に流れてしまったが、あたしには天啓に思えた。
ドラッグストアに行って押入れ用の除湿剤を大量に買い込み、部屋に戻ると、部屋の隅からびっちりと並べる。
「あー、何やってんすか、まーちゃん」
「お前にまーちゃんと呼ばれる筋合いはない、と何度も言っとろうが!!」
そこには、ぼけーっと間の抜けた顔の幽霊がいた。契約するときに事故物件なのは聞いていたが、ほんとに出るとは思わなかった。
「湿気取り……あー、カビ対策ですか。でも梅雨はあけたと昨日言ってましたよ?」
「お前対策だよ。幽霊は水気を好むんだろ?」
「じめじめしたところは病気の発生源になるんで、人間側に本能的な不快感があるだけっすよ。幽霊が湿気好きとかないです」
「はぁ?!」
あたしは肩を落とした。
「まーちゃんはどうしてそこまで僕を追っ払いたいんですか?」
「……お前みたいな素直でいい性格の奴は、さっさと天国なり生まれ変わるなりした方が世界のためだろ。こら照れるな、恥ずかしい」
あたしはついでに買ってきていたファブリーズを取り出し、幽霊の鼻先に噴射する。
「お、フローラル」
だめか……。
「じゃあさ、いったい何が怖いわけ?」
この際
あいつはちょっと恥ずかしそうに、
「実は、お化けが怖いんです」
思わず幽霊のケツにキック──しようとして空振り。よろけてベッドに倒れこむ。
あいつは本気で気遣う顔をする。がんばれあたし、負けるなあたし。
あいつを追い出すその日まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます