塩の効き目   (Not 意味怖)

 あたしが帰りの電車に揺られていると、前にいた女子高生たちの会話が聞こえた。


「塩が幽霊に効くって本当かな」

「何か聞いたことある―。怖いビデオかなんかで皿に盛るやつ? とか置いとくの。効くんじゃなーい?」

「でもさ、塩分が効くんだったら海に幽霊は出ないよね。ぜんぶ塩水なんだから」

「あー。でも泳いでるときに足引っ張って来るとか、そういう話一杯あるよ?」

「だからさ、塩分が効いてるんじゃないと思う。それこそ海じゃないけど幽霊って水気を好むって話もあるじゃん? 井戸とかタクシー幽霊でシートが濡れてたとか」

「お風呂に出てくる奴もいるよね」

「でしょ。盛り塩ってあれ湿から効いてんじゃない?」

「うーん、あるかもね。そーいえばピンクの岩塩ってなんかいい味だよー」


 彼女らの話はもう明後日の彼方に流れてしまったが、あたしには天啓に思えた。

 ドラッグストアに行って押入れ用の除湿剤を大量に買い込み、部屋に戻ると、部屋の隅からびっちりと並べる。

「あー、何やってんすか、まーちゃん」

「お前にまーちゃんと呼ばれる筋合いはない、と何度も言っとろうが!!」

 そこには、ぼけーっと間の抜けた顔の幽霊がいた。契約するときに事故物件なのは聞いていたが、ほんとに出るとは思わなかった。幽霊ほんにんによると単なる事故死で別に恨みもないしたたるつもりもないという。ならさっさと成仏しろ。

「湿気取り……あー、カビ対策ですか。でも梅雨はあけたと昨日言ってましたよ?」

「お前対策だよ。幽霊は水気を好むんだろ?」

「じめじめしたところは病気の発生源になるんで、人間側に本能的な不快感があるだけっすよ。幽霊が湿気好きとかないです」

「はぁ?!」

 あたしは肩を落とした。

「まーちゃんはどうしてそこまで僕を追っ払いたいんですか?」

「……お前みたいな素直でいい性格の奴は、さっさと天国なり生まれ変わるなりした方が世界のためだろ。こら照れるな、恥ずかしい」

 あたしはついでに買ってきていたファブリーズを取り出し、幽霊の鼻先に噴射する。

「お、フローラル」

 だめか……。

「じゃあさ、いったい何が怖いわけ?」

 この際幽霊ほんにんに直接聞こう。それが一番手っ取り早い。

 あいつはちょっと恥ずかしそうに、

「実は、お化けが怖いんです」

 思わず幽霊のケツにキック──しようとして空振り。よろけてベッドに倒れこむ。

 あいつは本気で気遣う顔をする。がんばれあたし、負けるなあたし。

 あいつを追い出すその日まで。



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