10.タクシーのお客さん

 私は最近、土建会社からタクシー運転手に転職した。

 最近のタクシーの車にはカーナビがついている。まだ道を完全には憶えていないが、困ることはそうそうない。

 体格も大きいので、初対面のお客さんには怖がられることもある。

 だが本当は、かなり臆病なのだ。同僚からタクシー幽霊の話を聞かされていて、深夜帯はどうも落ち着かない。


 そんなある日の深夜、道でお客さんを拾った。ストレート・ロングの髪型の、赤いワンピースの女性だ。化粧は地味で水商売の雰囲気はないし、やや場違いな感じがした。

「〇〇町の駅前までお願いします」

 短距離か。少しビビりながら「わかりました」と答える。まさか、このお客さん……。

「幽霊じゃないかと疑ってる?」

「え、いや、そんなことは」

「私、地味だからこんな時間に乗ると怪しがられるのよね。髪も長いし。頑張って派手な服選ぶんだけどかえって逆効果な気もするし」

 ……安心した。こんなにペラペラしゃべる幽霊もいないだろう。

「いや、美人だと思いますよ?」

 俺は調子を合わせて喋りながら運転した。目的地につくと彼女は料金を払う。

「ねえ、本物の幽霊を見たい?」

 唐突に彼女が言った。

「べ、別に見たくはないですが」

 彼女は数字を書きなぐったメモ用紙を渡してきた。小数点付きのふたつの数値?


 あとから計算したところ、貰ったはずの料金は売り上げの中になかった。メモは残っていて、それが彼女が私の妄想ではないという唯一の証拠だった。

 翌日私は辺鄙へんぴな山奥で、ガードレールを破って転落したと思われる車を発見し、通報した。

 運転者の遺体には既に腐敗が始まっていた。私が目撃したあとに亡くなったのではないことは確実だった。それは赤い服を着ていた。



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