第5話 紙一重

 最近、弘前は、自分の生活が、昼と夜で曖昧になってきているのに気づいていた。

 一度大学時代に、昼と夜の生活が曖昧になってきたことはあった。学校での授業が一年生の頃は一限目からというのもあったが、二年生以降になると、昼からという時も多く、寝坊することが多かったりした。

 規則的な生活がいいのは分かっていて、大学に入学した頃は、

「高校時代だって、規則的な生活を苦もなくしていたんだから、大学に入ってからだって、そこは変わらない」

 と思うようになっていた。

 それなのに、大学に入学してからというもの、何が変わったのか、昼と夜の感覚が曖昧になってきた。

 食事は、高校生の頃までは、三食をほぼ狂いなく行っていたが、さすがに夕食だけは、家族のタイミングというのもあり、時間が少しだけ不規則になったが、それでも、毎日同じリズムだったことに変わりはない。

 しかし、中学生の頃くらいから、朝食を摂るのが嫌になっていた。毎日のように、ごはんに味噌汁、これほど嫌なものはなかった。

「いい加減、飽きるというものだよな」

 と思っていたが、親に逆らうようなことはしなかった。

 何とか我慢して食べていたのだが、正直、その頃から、白米と、味噌汁の組み合わせは見ただけで吐き気がしそうなくらいになっていた。

 そんな毎日だったにも関わらず、よく残さずに食べれていたのかということを思うと、実に不思議だった。

 人間、我慢しようと思えば、少々の我慢はできるというものなのだろう。

 何しろ、朝起きて、まだ目が覚めていな状態で、胃袋だってビックリしているだろうに、毎日同じものを食わされる。白米など、べったりとへばりつくような状態で、苦痛以外の何ものでもないと思っていたのだ。

 だが、不思議なことは、

「これが家だと食べられないのに、友達の家だったり、他のお店で食べる朝食だったりすれば、同じメニューでもまったく苦にならないのだ。きっと同じ味だったとしても、それは変わりないだろう、味というのは、環境の違いで、まったく別のものとして感じられるようになっているのかも知れないな」

 と感じたのだった。

 確かに、同じものを毎日のように食べさせられたという意識だけではなく、環境自体に原因があったということは、しばらくして気づくようになった。

 特に、秋から冬にかけて、寒い朝を迎えた時など、味噌汁の匂いが部屋に充満したものだった。

 小学生の頃は、好きだったはずのその匂いが、中学生になるや否や、嫌で嫌で仕方がなくなっていた。

 匂いが嫌という意識よりも、何か不安がよぎっているのを感じたのだ。それが何からきているのかなど分かるはずもなかった。

 高校生になった頃に、

「以前、朝食で何か嫌な思いをしたことがあり、その思いが自分の中に残っているのが原因なのではないか?」

 と感じたが、どうもそうでもないようだった。

 確かに、その味噌汁の匂いは、気色の悪いと思わせるものだった。

「気持ちが悪い」

 という感覚ではなく、

「気色が悪い」

 というものだ。

 どこが違うというのかまではよく分からなかったが、その違いが分かると、なぜ同じ味でも、家で食べるのと、表で食べるのではまったく違って感じられるのかということが分かるような気がするのだ。

 それを考えると、弘前は、

「自分は、まだまだ子供なんだろうな」

 と感じた。

 この思いが、自分に中二病を起こさせない原因になっているのだろうと、感じたことがあった。

 その頃は、

「中二病」

 などという言葉があることすら知らなかったのだが、ただ、

「背伸びをしたい」

 という感覚が強くなっているということは自覚していたのだった。

「学校で誰も言わないようなことを言って目立ってみたい」

 あるいは、

「家族に反抗してみて、親に心配をかけてみたい」

 などという、行動的な発想は出てくるのだが、

「だったら、具体的にどうすればいい?」

 というところまでは思いつかない。

 中二病のように、

「急に、コーヒーを飲んでみたい」

 と思ったりするようなことが、大人を意識するという意味の行動だということの具体化だと感じるのだろう。

 それを中二病の一つの行動だとすれば、

「中二病の予備軍というのは、結構いるのではないか?」

 と感じた。

 つまり、

「ちょっとしたことで中二病の予備軍にはなるのだが、実際に中二病と言われることに発症するには、大きな壁が存在する」

 ということなのだろう。

「考えることはあっても、行動に移すことはない」

 ということは、考えることが即行動に移らないのが、思春期の特徴だといえるのではないだろうか。

 だから、弘前も、中学時代までは何とか飽きることもなく食べていた朝食だったが、一度違和感を感じていたにも関わらず、それでも、高校卒業するまでは、我慢することができた。

 今では、

「肉体的によく耐えることができたな」

 と感じるのだが、それは今だったら、身体が受け付けないという感覚になっているからだ。

「もう飽きた」

 と思うと次の日からは、見るのも嫌になり、匂いを嗅いだだけで、吐き気を催して、顔面蒼白になり、下手をすれば、救急車ものではないかとまで思っている。

 さすがにそこまでいかないように、自分で考えるのだが。考えてもうまくいかないのが、身体と精神の統一性と言えるのではないだろうか。

 高校時代は、精神的もの、肉体的なもの。どちらかが何とかなれば、惰性であっても、続けることができるというものなのかも知れない。

 だが、それが徐々に蓄積されていって、それまでの途中で、何とか我慢できないところで退避していれば、ここまで、

「もう身体が受け付けない」

 というところまではいかないのではないかと思うのだった。

 人間というものは、

「過ぎたるは及ばざるがごとし」

 という言葉があるが、まさにその通りであろう。

 何とか我慢できると思って、我慢していると、感覚がマヒしてきて、我慢できていると思い込むのだが、身体は悲鳴を上げている。

 おしっこを我慢しすぎると、次からは、数分でトイレに行きたくなるという症状になってしまうのと同じことであろう。

「帯に短したすきに長し」

 というと木庭があるが、それに合っているのかも知れない。

 飽きたと思っているものを我慢して続けると、その思いは特に強く、身体の悲鳴がさらに増強してくるのではないだろうか。

 味噌汁の匂いに、吐き気を催し、それだけではなく、不安が募ってくるというのは、それだけ身体が悲鳴を上げているに違いないのだ。

 だから、弘前は、味噌汁が嫌いというわけではない。白米もそうだが、今でも家で朝食を食べるとなると、絶対に嫌だという。

 大人になってからであれば、

「いらないものはいらない」

 とハッキリということができる。

 どうして子供の頃には言えなかったのかということを考えると、やはり、親に逆らうということが悪であると考えたからであろう。

「ということは、俺はあの頃から、勧善懲悪という意識を自分に対して持っていたということだろうか?」

 と感じていた。

 親に逆らうというわけではないが、自分が子供であるということを認めたくないという思いがあるからなのか、この感情が、

「中二病」

 に結びついてくるのかも知れない。

 中二病になると、勧善懲悪というものを感じるのだろうか?

 勧善懲悪を感じてしまうと、

「親や大人には逆らえない」

 という思いが基本的にあって、

「俺が我慢すればそれでいいんだ」

 という意識を持っていた。

 その時は分からなくても、後になって考えれば、

「思春期って、そういう意識が強かったんだよな」

 という思いに至っていたのだ。

 しかし、中二病に罹っている人というのは、あまり意識がないようだ。

「俺って中二病なのかな?」

 と考えている人が本当にいるのだろうか。

 中には、自虐的になんでも考えてしまう人はいるようだが、そんな人の始まりが、中二病だと考えれば、理屈に合うような気がする。

「中二病というのは、子供の頃に大人に憧れている感情が強くなり、大人になりたいという思いが、妄想となり噴き出してくるものだ。つまりは、現実と空想の間で、彷徨っている自分を意識できていない人のことをいう」

 と後になって思ったので、自分が、中二病を経ることもなく、思春期を通り過ぎたのだということを感じた。

 だが、中二病というのが、

「本当に、発症するのが、思春期の間だけだ」

 と言えるのだろうか?

 大人になってから、大学に入ってから、中二病のような感覚になる人だっているのかも知れない。

 実際に、高校の頃まではまったく空想することをしなかった人間が、大学に入って、マンガや小説を読んで、その道に入り込んでしまったかのような錯覚を覚えるということだってないとは限らない。

 ただ、そういう人は、表に出ないだけで、子供の頃からそういう素質のようなものがあったのだろう。

 思春期に、

「中二病予備軍」

 と呼ばれていたこともあって、意識はしていたが、いつの間にか収まったと思っていても、実際に、大学に入って、それまで知らなかった新しい世界を覗いて、そこが空想と現実の境目で、結界のようなものを持っているということを感じたのであれば、そこから中二病を発想するということは十分にありえることではないだろうか。

 中二病というものを、

「子供が大人になりきることができない」

 という病気のようなものだと解釈していると、違った意識を持つことになるであろう。

 そもそも、

「子供が大人になる」

 というのは、どういうことなのだろうか?

 精神的にも肉体的にも、大人になるために、人間の中で備わっている本能のようなものが、欠落しているわけではない。

 逆にその思い、あるいは、肉体的な発育が行き過ぎてしまうことで、中二病を発症させてしまうのではないかと言っても過言ではないだろう、

 弘前は、中学時代に、

「朝食を食べるのは、もう飽きてきたはずなのに」

 という思いがあった。

 それでも、よく食べ続けることができたのが不思議で仕方がなかったのだった。

 中二病というのが、本当に本人に意識がないのかというと、それはどうであろうか?

 中二病という言葉を知らなかったり、自分が感じていることが中二病だということを感じていなかったとしても、

「他の人とは何かが違う」

 ということは分かっているに違いない。

 そんな中二病であるが、

「中二病と、勧善懲悪についての関係」

 というものについて、弘前は考えるようになっていた。

「中二病は、意識はあるが、自分で納得することができない」

 という感覚であったが、逆に勧善懲悪は、

「意識があるわけではないが、自分を納得させることができる」

 というものだった。

 つまりは、勧善懲悪というものの、自分にとっての本来の目的は、

「自分を納得させること」

 であった。

 目的がハッキリしているということである。

 しかし、逆に中二病は、理由は分からないが、なぜか背伸びをしたい気持ちになり、他人と同じであることを自ら拒否している感覚だといえるだろう。

 だとすると、

「勧善懲悪と、中二病がまったく交じり合うことのない平行線だといえるだろうか?」

 確かに、それぞれに結界のようなものが存在し、その間に交わることのない平行線があるようにも思えるが、それを認めてしまうと、勧善懲悪の目的である、

「自分を納得させる」

 ということが叶わなくなってしまうように感じられたのだ。

 あれから、中二病というものが、どういうものなのかということをいろいろ考えてみたのだったが、なかなか理解することができない。

 もちろん、納得することができるわけではないのは分かっているので、それではせめて、理解することくらいはできてもいいのではないかと思い、考えてみたが、うまく説明できなかった。

 この時、

「自分を納得させることもできないのだったら、理解することだってできないのではないだろうか?」

 と考えたのも、無理もないことなのかも知れないと、感じた。

 ただ、弘前が二十五歳の今になるまで、まったく中二病を意識しなかったことなどなかったというわけではなかった。

 それがいつだったのか、後になって、

「あれが中二病だったんだ」

 と感じたから分かっただけであって、それがいつだったのかということは、後追いだけに分かるはずもなかった。

「中二病だけではなく、高二病というのも、大二病というのもあるという」

 という話を聞いたことで、それが、中二病ではなく、高二だったのか、大二だったのかのどちらかだったのかも知れないと考えると、

「総称としての中二病だったのではないだろうか?」

 と感じたのだった。

「俺が、本当に大人というものになったと感じたのは、いつだったんだろう?」

 と考えた。

 最初は、

「二十歳を過ぎてから」

 と普通に考えていたが、よくよく考えると、

「大学三年生になってからだ」

 と言えるのではないかと思うのだった。

 大学三年生というと、学校でも単位をある程度取得できることで、いよいよ就活に向けて考えなければいけない年齢であった。

 それまでの、楽しい大学生活の中から、少しずつ自分に制限を掛け、まわりの雰囲気に乗り遅れないようにしないといけないという意識を持たなければいけない年齢だ。

 それが、ちょうど大学三年であり、

「大人になろうとする年齢だ」

 と言えるのではないだろうか。

 となると、今度の法改正で、法律のほとんどで、成人という年齢を、今までの二十歳から、十八歳に引き下げるということであるが、弘前はある意味反対である。

 確かに法律的に、二十歳と十八歳の間で曖昧になっている部分も少なくはなかった。

 犯罪の低年齢化であったり、責任能力の年齢というのも、問題だった。少年法というものの解釈にも問題があるのだろうが、弘前の個人的な考えとしては、大学一年生、二年生くらいまでは、まだ未成年の感覚しかない人が多いという思いを持っているからだったのだ。

 個人的には二十歳でいいと思っているが、世間を鑑みると、二十歳ではダメなのだろう。そんな中、まだまだ中二病なる病気を潜在的に抱えている連中も少なくはない。そう考えると、

「果たして、中二病というのは、悪いことなのだろうか?」

 と感じてしまうのだった。

 確かに、思春期において、背伸びしたいという感覚、身体の成長に自分の精神がついていっていないのではないかという思い、さらに、空想と現実との混乱などから、陥ってしまうのではないかという中二病。

 承認欲求からも入り込んでしまうということであれば、自分を認めさせたいという意識が過剰なのかも知れない。

 しかし、それらの欲求は、欲求である間はいいのだが、不満が爆発した時に、そのはけ口が分からない時などが、問題になったりするのだろう。

 ドン・キホーテのように、世間の理不尽さに対しての痛烈な批判からきているのであれば、悪いことではないような気がするし、一つ考えられるのは、以前社会問題となった。

「自粛警察」

 なるものを、悪として考えるかどうかである。

 以前、世界的な伝染病が流行った時、日本では、緊急事態宣言なるものが発令された。

 他の国のように、日本の憲法では、

「有事は存在しない」

 という建前なので、個人の権利を著しく制限する、戒厳令のようなものは明文化されていない。

 つまり、戒厳令を敷いてはいけないのだ。

 日本における有事が存在しないということは、法による拘束を行うことができず、罰則を設けることができない。

 そのために、必死になって、国会でも法改正が行われていたが、それでも、中途半端な法改正しかできず、結果、

「本当にこれでよかったのか?」

 という程度にしか、ならなかった。

 そんな中途半端なことで、実際に運営するための社会の構造が、不公平を呼んでしまったり、一部の業種に、その責任を押し付けるようなことが起こってしまった。

 その最たる例が、

「パチンコ屋」

 だったのだ。

 パチンコ協会からも、

「政府のお願いに協力するように」

 ということで、他の業種に比べても、そん色ないほどの率での自粛を行っていて、しかも、クラスターも発生していなかったのに、開店している店があるとして、誹謗中傷を受けたりした。

 パチンコ屋というと、売り上げがなければ、成り立っていかない。国の協力金などは本当に雀の涙であり、まず、自粛が続けば、本当に店を閉めることになる、仕方なく開けていることになるのだが、ギャンブル依存症の連中が、開店している店に、殺到することで、まったく自粛の意味がなくなってしまった。

 店が悪いわけではない。攻撃する方が悪い。これを、ネットで騒ぐのだから厄介だ。マスゴミも騒ぎ出し、攻撃する。そんな時に攻撃を行った一般の人たちを称して、

「自粛警察」

 と言ったのだ。

 中途半端な正義感をひけらかし、実際に頑張って生活をしている人たちを食い物にして、自分たちのストレス解消をしようというだけの連中に、

「何が警察だ」

 とばかりに、やつらに対して、皮肉を大いに込めて、

「自粛警察」

 という言葉を賜ったのだった。

 警察という言葉がついているからと言って、何も正義ではない。戦時中の憲兵だったり、(官憲という意味で)特高警察などは、政治家や軍の

「イヌ」

 ではないか。

 自粛警察も、目には見えない何かに誘導された、悪に満ちた、特高警察と同じレベルの悪しき集団だといえるのではないだろうか。

 自粛警察を苦とするならば、何か紙一重のものが、実は存在しているのではないかと思ったことがあった。

 自粛警察は確かに、緊急事態宣伝下では、問題になるだろうが、逆に平時であれば、本当の警察の役目を果たすかも知れない。

 最近では、受動喫煙防止法というものができて、昔から問題となっていた、

「喫煙者」

 に対しての問題が、どんどん解決されていくようになった。

 しかし、その分、マナーの悪い連中はひどいmので、街を歩いていても、禁煙不可の歩道であっても、関係なく喫煙している輩を見かけることがある。これほど醜いものはないというものだが、そんなやつらを一番煙たい目で見ているのは、

「マナーを守ってタバコを吸っている人たち」

 ではないだろうか。

「あんな連中がいるから、俺たちまで白い目で見られるんだ。俺たちは、愛煙家であって、マナーの悪い喫煙者ではない。それなのに、何で俺たちが、あんなに白い目で見られなければいけないんだ」

 と、同じことを何度も言いたいくらいである。

 今の世の中、タバコを吸う人間は、副流煙が問題になり始めた昭和の終わりことから、比べれば、喫煙者はほぼ半分くらいではないだろうか。

 実際にタバコの喫煙率を図り始めてから、どんどん減ってきているという統計もある。タバコをいくらでも吸っていいという時代からでも、次第に減ってきていたというのはどういうことなのだろう?

 やはり、体調を崩してやめる人がいるのか、それとも、健康について考えているのか、

「いや、そんなことはないだろう」

 というのも、昭和のドラマなどを見ていると、

「こんなところでタバコを吸っているなんて考えられない」

 と思うような場所でタバコを吸っているのだ。

 下手をすれば、就職試験における面接のときでも、灰皿が置いてあったりするくらいだ。

 枕元に灰皿が置いてあり、寝たばこをしていたり、今だったら、火事が怖くて、誰もできないだろう。

 その証拠に、受動喫煙防止法は、個人の家などには規制をかけていない。あくまでも公共の施設や、人が少しでも集まるところでは、特に室内では、絶対に吸ってはいけなくなっているだけなのに、寝たばこは許されているのだが、誰もしていないではないか。(ただ、分かっていないだけで、やっている人は若干名いるだろうが)

 そんな状態において、街では、禁煙と決まっている場所でタバコを吸うと、取り締まり委員の人がやってきて、携帯灰皿にタバコを捨てさせ、その場で罰金を徴収する。

 彼らは警察官ではなく、行政に雇われた、監視員である。

 どこまでの権力があるのか分からないが、少なくとも、タバコ喫煙を規制し、罰金を徴収するだけの権利を有しているに違いない。

 警察も人間に限りがあることで、自治体が雇っているのだろう。

 自粛ではないが、条例を守らせるための警察のような仕事である。これは自粛警察とどこが違うというのだろう?

 ただ、自粛警察は、自分たちの理論で勝手に名乗っているだけである。実際の行動は起こせないが、ネットなどを使っての攻撃なので、ある意味、自粛警察を取り締まるのは難しい。

 しかも、そんなやつらをマスゴミが煽るのだ。

 煽られた方がたまったものではない。

「いい加減にやめようか?」

 と思っていたとしても、マスゴミが背中を押すので、引くに引き下がれなくなってしまったのだが、世間の風当たりが悪くなると、今度はマスゴミが自分たちを攻撃してくる。

 まるで、自分たちの正当性を訴えるために、煽って梯子を上らせた連中を犠牲にして、しかも、それを悪いとも思わずに、自分たちの正当性を無言で訴える。これがマスゴミというもので、

「どこに、モラルなどあるというのか?」

 ということで、自粛警察が悪いわけではなく。煽っているマスゴミが悪いといえるのではないか。

 つまりは、自粛警察とマスゴミは紙一重のところにいて、それぞれに、正当性を訴えようと、

「どんぐりの背比べ」

 をしているだけなのだろう。

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