第64話 アマン山脈を目指す(7)

 翌朝、白虎がいなくなっていることを密かに期待してましたが、目の前の様子までは考えておりませんでした。


「……ロジータ姉ちゃん、怖いっ」

「こ、このやまに、こんなのがいるの?」


 双子たちは私の背中に張り付いて、小さな声でそう言います。


 ――ええ。私もそう思う。


 結界の外に山と積まれている魔物の死体。

 小さな家くらいありそうな熊(ブラックグリズリーでしょうか)やオーク、私の胴体よりも太そうな蛇(これは見たことがありません)、ブタくらい丸々と太った角うさぎ。この中にゴブリンが含まれていないのだけが救いかもしれません。(ゴブリンの酷い臭いは朝から嗅ぎたくはありません)

 ここまで魔物に襲われなかったことを考えると、黒龍の爪のネックレスの威力を痛感します。


『おはよう! おはよう! おはよう!』


 ……一方で、それに抗う白虎の強さは何なのでしょう。

 白虎が太い尻尾をブンブン振りながらお座りをしています。


 ――それやるの、本来は犬じゃないの?


 ちょっと呆れながら、ジトッと見ていると、耳を伏せて頭まで下げてきました。


『なぁなぁ~』

「甘えた声を出してもダメ」

『お願いだよぉ~』

「嫌よ」

『ねぇねぇ~』


 目をきゅるんと上目遣いにしてみてくるけれど、声は大人の男の声だし、デカすぎて可愛げの『か』の字もありません。


「ロジータ姉ちゃん」


 こそりとダニーが耳打ちしてきます。


「こいつ、姉ちゃんの『じゅうま』になりたいんだよね?」

「うん。でも、そもそもこんなデカくて邪魔くさいのと一緒じゃ、街に入れないのよ」


 冒険者ギルドで『従魔』登録もしないとならないのを思うと、面倒以外の何物でもありません。私自身、冒険者ギルドがトラウマになっている部分もあります。


「それをちゃんとはなしてあげたら? ただダメダメいわれたって、なっとくできないだろうし」


 ……ダニーが大人みたいなことを言っています。

 確かに、理由もわからず、否定されたら納得はしないでしょう。

 私は大きなため息をついて、白虎に説明することにしました。


『……だったら、これならどうだ?』


 しゅるるる~という音と共に、白虎の姿が小さくなって。


「ねこちゃん?」


 あんなに怖がっていたサリーが、ぽそっと呟きました。それでもまだ、私の服の裾を掴んでます。

 ダニーにいたっては興味津々で結界のギリギリまで見に行っています。さすが男の子といったところなのでしょうか。


『なぁなぁ? これならどうだ?』


 確かに見た目は、白虎から白い子猫に変わりましたし、声まで小さな男の子のような声になっています。この姿だったら、魔物には見えないかもしれません。


「……ダーウィを出してみるわ」


 これでダーウィが怯えるようだったら、連れて行きません。

 簡易厩舎からゆっくりとダーウィを出してやります。ずっと狭いところにいさせてしまったので、私はすぐに水とジーニスを出してやりました。

 

 ブルルル


 嬉しそうに水を飲み始めます。昨日はあんなに怖がっていたのに、今は気にならないようです。


「……結界の中だからかしら」


 私は白虎に動くな、といい、結界の魔道具を1本外しました。


「だいじょうぶみたいだね」

「ぼくらも、こわくない」


 ダニーとサリーがコソコソと教えてくれます。


『なぁなぁ? これだったら『従魔』にしてくれるだろう?』

「いや、それは話は別だし」

『えー!?』

「えー、じゃないわ。ちゃんと私たちと行動をともにできるのか、見極めさせてもらうわ。だから、勝手に契約しないで」

『そんなぁ』

「そんなぁ、じゃないしっ」


 こんなに強い白虎が、どうしてそんなに私の『従魔』になりたいのか理解に苦しみますが、とりあえず、仲間が1匹増えてしまいました。

 ……双子が嬉しそうに撫で繰り回しているので、よしとしましょうか。

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