第63話 アマン山脈を目指す(6)

 先ほどまでの威勢はどこへやら。白虎はしょんぼりしながら、結界の外でお座りをしています。


「で。私の名前を知ってどうするっての」

『ど、どうするも何も! 俺が知りたいだけだっ!』

「……知る必要ある?」


 もじもじしている姿は、小さかったら可愛いさで誤魔化されたかもしれませんが、私が見上げるような白虎には、一欠けらもありません。

 無視してテントへ向かおうとすると、今度はへそ天をしだしました。


『なぁ、なぁ、なぁ』


 同じ猫系のせいでしょうか。へそ天しても、可愛く感じません。

 いや、巨大なせいでしょうか。


『ミリアの娘ぇ~、お願いだぁ』


 ふと、3つ前の伯爵夫人だった頃の前世を思い出しました。

 当時の夫も、おねだりをする時は、伯爵という立場はどこへいった、というくらい甘えまくってきたものです。(おねだりの内容はご想像にお任せしますが)

 それなのに愛人を……っと、ここでは関係ありませんね。しかし、この白虎の様子がなぜか当時の夫を髣髴とさせるんですが。


 ―――さっさと、コイツ、始末するか。


 私の中の黒い『フロリンダ』が目覚めそうです。


『ひっ!? お、お前、本当に優しいミリアの娘かよっ!』


 ……何かを察したのでしょう。白虎は急に飛び起きて距離を置きました。

 そのまま、去ってくれればいいものを、その距離を保ったまま、ウロウロしだします。


「……母はとても優しかったですが、貴方の『ミリア』かはわかりませんから」

『だーかーらー。俺のミリアと同じ魔力だって言ってんだろっ!』

「さっきから何だって言うんです。私の名前なんて聞いたところで、意味ないでしょ。しつこい男は嫌われますよっ!」

『ぐぅ……い、意味はあるっ! 俺はミリアと約束した! 強くなった俺と次に会うときには『従魔』契約してくれるって言ったんだっ!』


 ――母さん、なんていう約束しちゃってるのよっ!


 さっきから名前を聞きたがっていたのは、『従魔』契約をしたかったのでしょう。

 力のある魔物が『従魔』になることを望む場合、主となる者の名前がわかれば、勝手に契約を結ぶことができるのです。

 ただし、主のほうが力があって拒絶すれば、契約は成立しません。

 きっと当時は母さんのほうが強かったから拒絶できたのでしょうけれど、今の私に白虎の契約を破棄できる力があるとは思えません。


『母親がいないんだったら、娘が約束を果たせっ!』

「……えぇぇぇ」


 ――めんどくさーーーーっ!


 私は心の中で叫びました。

 ギャーギャー煩い白虎をそのまま放置して、私はテントの中へ戻ります。


「ロジータ姉ちゃん、だいじょうぶ?」

「おそかったけど、なにかあった?」


 心配だったのでしょう。 双子は私が入ってきたらすぐに抱きついてきました。


「大丈夫……と言いたいところだけど、外にさっきの白い虎が来てるのよ」

「ど、どうしよう」

「どうするの?」

「……とりあえず、ご飯の準備しよ」


 私は考えるのをやめて、夕飯を作ることにしました。

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