第61話 アマン山脈を目指す(4)
母の名前に、ドアをつかもうとした手が止まり、つい振り向いてしまいました。
『あっ』
「え……ト、トラ?」
私の目の前に現れたのは、見上げるような大きさの白虎でした。
その白虎は一瞬声をあげましたが、すぐに青い目をギラギラさせて私の方を睨んできます。
『ミ、ミリアはどこだっ!』
先ほど聞こえた男の声と同じ声です。
悲痛な感じは消えて、なぜか白虎が歯をむき出して脅してきます。おかげでダーウィも双子もガタガタ震えています。
私は彼らを庇うように前に立ちました。
一瞬でもあればダーウィたちをドアの向こうに行くことはできるかもしれませんが、その瞬間に私は襲われるかもしれません。とても微妙な距離なのです。
その一方で、この白虎がなぜ母の名前を知っているのか、本当に母の名前なのか、同じ名前の別人ではないのか、が気になってしまいました。
「ミリアって誰のこと」
『我が友、エルフのミリアだっ。彼女の魔力を感じたのだっ。お前、お前が彼女をどこかにやったのかっ!』
白虎は興奮しているのか、ただただ叫びます。
冷静に考えれば、パッと見ただけではただの猫獣人の子供(それも子供連れ)が、エルフ相手に勝てるわけがないのです。
――エルフのミリア。お母さんもエルフだったけど、それだけで同一人物と判断できないけど。
魔法を使ったのは確かに私たちです。
離れたところにいた白虎が感じ取れる威力となると、私の『ウィンドカッター』か『ウォーターカッター』のことかもしれません。
「ここには、私たちしかいないわ。ところで、魔力ってこれのこと?」
私は白虎と視線を合わせたまま『ウィンドカッター』を私の背後、アマン山脈の方に向けて投げました。
『な、なんだとっ!』
白虎は驚きの声をあげると、がっくりとしゃがみこみました。
『……ミリアじゃなかった』
先ほどまでの荒々しい様子はどこへいったのか、めそめそと泣きだしました。
『ミリア、ミリアはどこいったんだ』
「……えっと」
『ミリア、ミリア……』
このまま放置して逃げてしまってもいいかな、と思った私は、こっそりドアをしまいます。先程までガタガタ震えていた双子たちもダーウィも、今では残念そうな視線を向けています。
双子たちに頷いて、ゆっくりとダーウィの手綱をひいて山の方に向かおうとしたのですが。
『……そうだっ! なぜ、なぜ、お前はミリアと同じ魔力を持っているのだっ!』
……気付かれてしまいました。
『逃げるなっ! 正直に教えろっ、お前は何者だっ!』
「はぁ……ミリアは、私の母と同じ名前です。確かにエルフでした」
『……ミリアの娘?』
訝しそうに目を眇めて私を見てきます。
「父が猫獣人だったのです」
『なんとっ! ミリアは番を見つけたのかっ! お前はミリアの娘か! では、ミリアはどうした!』
「……母は2年前に亡くなりました」
『な、なんだとっ! ミ、ミリアが死んだ……』
今度こそ、白虎は呆然となって固まってしまったようなので、私たちはそろりそろりと足音を忍ばせながら、その場を離れます。
まだ、白虎は気付きません。少し距離をとれたところで。
――よし、今だ。
「『テイルウィンド』」
私たちは一気に山の方へと走り出しました。
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