第60話 アマン山脈を目指す(3)

 獣人の聴力の高さは、種族によって異なります。前世の記憶を取り戻す前の猫獣人のままだったら、気付かなかったでしょう。


 ――向かってくるのは一つだけ。かなりスピードが早い。 


 小さな密やかな音だったら拾いきれなかったかもしれませんが、今聞こえてくる音は重さのある荒々しい足音です。

 私はすぐさまスキル『探知』で周囲を確認します。


 ――四足動物だ。馬? いや、こんな森の中を走るわけがない。


 そうなると、魔物しか思い浮かびません。

 しかし、魔物除けの黒龍の爪のネックレスを付けているので、ドラゴンクラスでなければ私たちを襲うような魔物はいないはずです。実際、『探知』で得られた半径1キロ圏内には、魔物の存在は0。

 私が拾っている音は、それより遠くから聞こえてきているということです。


「ダニー、サリー、何かがこっちに向かってくるわ。ダーウィにしっかりつかまって」


 ブルルルッ


 私の緊迫した声に、双子は顔を引き締め頷き、ダーウィも気合をいれたように鼻息で返事をします。

 身体強化をした上に、私にもダーウィそれぞれに『テイルウィンド』をかけると、先程の『ウォーターカッター』で出来上がった道を進んでいきます。


 ――やっぱり、私たちのほうに向かってくる。


 足音がどんどん近づいてくるのがわかります。

 万が一追いつかれた時のために、私は走りながらインベントリの中を探ります。黒龍の爪のネックレスの魔物除けを気にしないクラスの魔物相手に、攻撃できるようなモノなどあったでしょうか。『フロリンダ』時代でも、単独でドラゴンなど倒したことはないのです(死んだ原因でもあるのです)。


 ――そうだ! 『セーフプレイス』!


 かつてダンジョンの宝箱で手に入れた、ドア型の使い捨ての魔道具です。

 例えるならば、某アニメの青い猫が持っていたドアでしょうか。ドアの先に繋がる場所は、この世界のどこにもない亜空間です。中に入ってからドアを閉めれば外のドアは消え、開ければ元の場所に現れます。中にいた人が外に出てしまえば、ドアは消えてしまいます。

 同じものが複数欲しかった私は魔道具職人のドワーフのゲイルに制作を頼んでみたことがありますが、最後まで完成品の話は聞きませんでした。

 当時はそれを使わないで済んでいたのでインベントリのこやしになっていました。

 1つしかない物で使い捨てなので、これで使ってしまうと、次はありません。しかし、今逃げ切れなければ、次もないのです。

 どうやら相手のほうがスピードが早いようで、ついには『探知』の範囲に入ってきました。


 ――は、早いっ!


 慌ててダーウィを止めて、インベントリから『セーフプレイス』を取り出します。見た目はただの木製のドアにしか見えません。

 私の緊張感が伝わったのか、ダーウィの上に乗っている双子は顔を青ざめています。

 彼らに説明する間もなく、ドアに手を伸ばそうとした時。


『ミリアッ!』


 私の母の名前を呼ぶ、悲痛な男の声が聞こえました。

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