第51話 結界の魔道具

 私に声をかけてきたのは、革の鎧に、腰には長剣をさしている人族の女の冒険者でした。

 日焼けした肌と少し傷んでいる髪を見ると、なかなか厳しい環境にいるのだろうと予想できます。

 それでも声の感じからも、心配してくれていているのがうかがえます。それに彼女の背後から何人かがこちらを気にしているようです。同じパーティメンバーなのかもしれません。


「……いいえ」


 そう答えながら、私は結界の魔道具の最後の1本を挿しました。


「わっ!?」


 ちょうど女の冒険者の目の前に、結界が張られたのでしょう。驚いて、一、二歩、後ずさりしました。


「申し訳ありませんが、食事がまだなので」

「え、あ、そうなのね」


 私はペコリと頭を下げて馬車の裏手、テントのある方に戻りました。


 ――あの人と同じチームの人たちは感じは悪くなかったんだけど。


 彼らとは違う方向から感じた視線のことを考えると、さっさとテントに籠るに限る、と思ったのです。


「ダーウィ、絶対、結界から出てはダメよ」


 ブルルっ


 小さく嘶いたダーウィの首筋を軽く叩くと、私は最初に挿した結界の魔道具のところに行きます。

 この魔道具は、最初の起点になる魔道具に、結界のレベル設定があるのです。

 一番低いのはただ結界を張るだけ、次は悪意がある者の攻撃には反撃する、そして一番高いレベルだと即死してしまうという、とんでもない機能がついているのです。

 これも当然、魔道具職人のドワーフのゲイルの作品です。


「レベル2に変更しておきましょ」


 私はちょいちょいと変更すると、テントの中へと入っていくのでした。


         *   *   *   *   *


「あれなら大丈夫そうよ。リーダー」


 ロジータに声をかけた女の冒険者、ミリアは、しばらくして仲間の集まっているところに戻ってきてそう言った。


「何があった」

「あの子、結界の魔道具持ってたわ……それも、かなり高性能のね」

「あんな女の子がか?」


 串焼きの肉にかぶりつこうとしていた少年が声をあげる。


「あんな女の子が、よ。あの子が馬車の向こう側に行ってから、軽く殴ってみたけど、ビクともしなかったし……笑っちゃうのがね」


 ミリアは少し声をひそめる。


「『黒い雷』のバッドのやつ、触れただけで痺れて声もあげずに倒れちゃったのよ」

「は?」

「バッドの野郎、手ぇ出そうとしたのか」

「いや、それよりも、痺れたってどういうこと」

「だから、悪意のある者が触れると攻撃される機能があるってこと。私は何ともなかったんだもの」

「……そいつは、すげぇな」


 リーダーと呼ばれた男、ノックスは大きく目をみはる。

 結界の魔道具にはピンからキリまであるが、反撃の機能のついているようなのは、金貨1、2枚で買えるような物ではないのだ。


「馬車自体は古そうでたいしたもんじゃないし、あれを引いてるのもミトスドンクだろ」

「一人ではないとは言ってたけど、大人がいるようには見えなかったぞ」

「……結界があるんだ。今夜は大丈夫だろ」


 そうは言うものの、ノックスは同じ場所で野営をしている『黒き雷』の連中を危険視している。普段、町中にいる時は大人しくしているが、時折見せる危うい雰囲気に、いつか何かやらかすのではないか、と思っているのだ。


 ――町を出た後が心配だな。


 結界に守られているという馬車のある方へ、心配そうな目を向けるノックスなのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る