第32話 馬車の中を案内する

 さて、こちらの馬車ですが、『フロリンダ』時代に稼いだお金で自分の好みを詰め込んだ魔道馬車です。

 これには勇者も聖女も含め、他のパーティメンバーも乗せませんでした。

 パーティメンバーはそうではなくても、勇者と(主に)聖女がやたらとベタベタしているのを、私の馬車の中で見せつけられるのなんて、嫌でしたから。

 この馬車のことを知っていたのは、一緒に作っていた魔道具職人のドワーフのゲイルくらいでしょう(ちなみに、魔道具のテントもゲイル作です)。

 ハンモックは自分のお昼寝用に下げていたモノで、いくつものクッションはダニーたちの身体が乗っても十分な大きさで、それに抱きついて床でごろりと寝たかった時に使っていました。

 奥にはキッチンカウンターがあり、簡単な調理ができるようになっています。これはゲイルが『万が一、お前さんが料理をするようになった時にあったほうがいいべ』と言って作ってくれたモノです。結局、まともにキッチンを使うことなく私は死んでしまったわけですが。


「ロジータ姉ちゃん、ここは?」


 サリーがトイレのドアを指さします。


「ここはトイレよ。ここで済ませれば、馬車を停めて外に行く必要がないの」


 通常、トイレはスライムを使って汚物を分解・浄化をさせたりするのですが、このトイレは魔法陣を使ってその一連の流れを行ってくれるのです。そのために使う魔力も微々たるモノで、ダニーとサリーでも問題なく使えます。


「ねぇ、ねぇ、このドアは?」


 好奇心いっぱいのダニーが目についたドアに手を伸ばしました。


「そこは洗面所とお風呂よ」

「おふろ?」


 ダニーは『お風呂』が何かわからないようです。

 脱衣所の先のドアを開けて中を見せます。


「これ、なーに?」

「これは湯舟。ここにお湯をためるのよ」

「おゆ?」


 そういえば、孤児院にはお風呂などなく、みんな濡れた布で身体を拭いていました。

 生活魔法の『クリーン』はあるにはあるのですが、前世を思い出す前の私は生活魔法自体使えませんでしたし、魔力があっても小さな子供たちは使わせない、というのが暗黙のルールだったようです。

 だからといって、院長先生が全員にかけてあげるには、彼女の魔力量では足らなかったのだと思います。

 四角くて深さのある湯舟に、ダニーが身を乗り出して覗き込もうとしたので抱きかかえます。


「そう。それと湯舟に入る前に、ここで身体を洗うのよ」


 昨夜は疲れもあってそのまま寝てしまったことを思い出したら、無性にお風呂に入りたくなりました。

 しかしその前に。


「お風呂は後で入るとして、そろそろお昼ご飯にしようか」

「うんっ!」

「やった!」

「じゃあ、まずは『クリーン』」


 自分を含め、双子にもかけます。すると、双子の肌が一皮むけたように、つるりとした白い肌に変わりました。元々、白い肌ではありましたが、それだけ汚れてたということでしょうか。


「わー」

「なーに、これ」

「これは生活魔法の『クリーン』よ。身体だったり服だったり、汚れているのを綺麗にするの。魔力の量が多ければ、部屋だったり、家そのものも綺麗にすることもできるのよ」

「すごいっ!」

「すごいね!」


 キラキラした目で見てくる双子を引き連れて、絨毯のある部屋に戻ります。

 私はインベントリからローテ―ブルを出すと、その上に昨日買い込んだ食事を並べます。


 ――お昼は出来合いで済ませて、夕飯、頑張ることにしよう。


 朝早くから頑張って街道を進んできたせいで、私もお腹が空いてしまいました。


「さぁ、召し上がれ」


 ――私が作ったものじゃないけどね。


 食べ物にかぶりつく双子を見つつ、私も食事に手を伸ばすのでした。

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