私が生きた証
花影 六花
魔女裁判
魔女は私たちの幸せを奪う者である。
魔女は私たちの世界を壊す者である。
魔女を生かしてはならない。
聖教会はこの言葉を大切にして生き続けてきた。
この言葉が正しいのかなんて分からない。
私に出来ることは魔女をこの世から滅ぼすだけだ。
「ヴァイス・ハイト様、この先に魔女の館が御座います。お気をつけて。」
お辞儀をした街の者を横目に門を開ける。
魔女の噂が広まったことで住む人が減ってしまったらしい。
そこで聖教会に魔女を退治するように依頼したようだ。
ギィ…と不気味な音を出す門は私たちを迎え入れてはくれないらしい。
広い庭は手入れがされていないようで雑草が生い茂っており、黒く染まった薔薇が生えている。
瘴気に当てられて、色が変わってしまっているようだった。
「魔女を見つけたら私を呼べ。」
部下であるアンムートに一階を調べさせ、私は二階を調べる事にした。
薄汚れた屋敷には、ぼんやりとしか灯りが付いていない。
ろうの上でゆらゆらと揺れる火は今すぐにでも消えてしまいそうだ。
歩く度に床が軋む。いつ床が抜けてもおかしくない状態だ。
「開かない。」
ドアノブは下がるものの扉が開かない。
どうやら鍵が掛かっているようだ。
もしかしたら何処かに鍵があるかもしれない。
他の部屋を探さなければいけないのだろう。
私は踵を返して、違う部屋に入ることにした。
「ここは、子供部屋のようだな。」
埃を被ったぬいぐるみや人形が小さなベッドの上に置かれている。
机の上に置いてある写真立てを見れば、少女以外の顔は黒く塗り潰されていた。
本棚を確認すれば、年齢にしてはやけに難しい本ばかりが置かれている。
他の本とは違う雰囲気を持つ物を手に取れば日記のようだった。
『○月✕日
今日はお父様とお母様が私がひとりでも寂しくないようにぬいぐるみを買ってきてくれた。
どうして私はお外に出られないのだろう。
お父様とお母様に聞いても教えてくれない。』
拙い字で書かれているから、少女の日記だろうか。
体が弱かったのか、外に出る事が出来なかったのだろう。
ノートの下の方には涙が滲んだ跡がある。
自分の気持ちを抑える為にこの日記を書いていたのかもしれない。
ノートの最後のページに鍵が挟まっていることに気付いた。
「開いたな…。」
先程の閉まっていた部屋の鍵だったようだ。
入った途端に臭う血の匂いに顔を顰める。
壊れているベッド。倒れた本棚。割れている花瓶。
荒れている部屋の壁一面に大きく書かれている文字は血で書かれているようだった。
『Lauf jetzt!』
気味の悪い部屋だ。
早く魔女を探さなければ。
振り返れば、見知らぬ男が立っていた。
手を伸ばしてきたと思えば、私の足元の影が沼のようになる。
腰に提げられた聖剣で刺せば、ばたりと男は倒れた。
もう此処に用は無い。この気味の悪い部屋を直ぐに立ち去った。
「ヴァイス様、一階に魔女はいませんでした。」
無事にアンムートとは合流することが出来た。
最後のひとつとなった部屋には禍々しい雰囲気が漂っている。
何処にもいなかったのだから、この部屋にいるに間違いない。
直ぐに攻撃出来るように、あえて扉を蹴破る。
魔女はお茶を嗜みながら、私達を待っていたようだ。
カップを置いた魔女が私達をじっと見つめた。
「初めまして、聖騎士様。私はエンデ。貴女は?」
「魔女に名乗る名など無い。」
今から斬られるというのに呑気なものだ。
だが、私にとってはそっちの方が都合が良い。
剣を構えたそのとき、私の目の前に先程まで私の後ろにいたはずの長い三つ編みの女が現れた。
私の部下であるアンムートだ。
いつものように微笑みを浮かべているが目に光が宿っていない。
「アンムートに何をした!」
「私のペットの住処にしただけよ。お父様のことは飽きちゃったみたいなの。」
あの男は魔女の父親だったようだ。
だとしたら、あの写真の少女は魔女なのかもしれない。
どろり、とアンムートの瞳から涙のように溢れ出てきた物は私の足首を掴んできた何かと同じのようだ。
こうなってしまった以上アンムートも斬らなければならない。
彼女は、とても良い人だった。
金色の髪は太陽のようだった。
緑色の瞳は美しい森の景色を閉じ込めたように美しかった。
もう見れなくなると思うと、心に穴が空いたように感じる。
「絶対にお前だけは許さない。」
「そんなに焦っていいのかしら。」
アンムートだった者を避けて、魔女の元に向かう。
剣を振りかざそうしたとき、ごぽりと私の口から血が溢れた。
下を見れば、腹に大きな穴が開いている。
自覚した途端、ズキズキと傷が痛み始めた。
「ヴァイス様。」
記憶が引き継がれたのか、使い魔が彼女の声で私の名を呼ぶ。
もう彼女はいなくなってしまったはずなのに、心が満たされていくような気持ちになる。
彼女の声で私の名を呼ばないでくれ。
どんどんと床が血で染まっていく。
私の頭を自分の膝に乗っけた彼女は微笑んだ。
視界がどんどんとぼやけてくる。
私は、魔女に敗北をしてしまったのだ。
「アンムート…。」
くすくすと笑う魔女の足元で、私は意識を落とした。
私が生きた証 花影 六花 @kaei_rikka
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