四月、思わぬ接点。
――門脇さんが転校してきて、二週間ほどが経過した。
クラスの雰囲気は彼女が馴染んでいくと共に、明るくなっていく。最初はみんな興味本位で接していたが、門脇さんの前向きな姿勢は多くの生徒に好影響を与えているようだった。この短期間ですっかり中心人物になっているのだから、凄いものだ。
それに対して、僕は以前と変わらない生活を送っている。
ただ少し違う点があるとすれば、門脇さんの寿命についてのみ、定期的に確認を行っているということ。
「……今年の暮れ、か」
他人の寿命をしっかり見るのは、あの日以来だった。
まだ何も知らず、気にも留めなかったあの頃。僕はそれが人の命の灯そのもの、などとは考えていなかった。正直に言ってしまえば、いまでさえ半信半疑。あるいは回避する方法や、引き延ばす方法があるのではないか、とさえ考えていた。
いや、もっと正確にいえば。
これは確実に、門脇さんの寿命を見た影響だった。理由までは分からないが、僕は彼女のことを無視できないらしい。そして無視できない以上、見殺しにするという行為だけはしたくないと、そう思うようになった。
「でも、どうすれば……?」
自分の席で突っ伏して、いつになく真剣に考える。
しかし、妙案なんて浮かんでこなかった。当たり前だろう。僕は一般的な高校生に過ぎず、何かしらの物語における主人公でも、何でもないのだから。
いつか、ヒロインを助けるために高校生男子が東西奔走する漫画があった。
しかし彼は結局、普通の高校生男子から逸脱する。
物語とは、そういうものだった。
「………………」
そこまで考えて、また無力感に苛まれる。
いったい、何がどうして僕はこんな力に目覚めてしまったのか。小学生の頃に遭った事故が影響しているのか、そうも考えたが、結論など出るはずがなかった。
答えは、不明。
この力の意味さえ、不明。
そもそもとして、何かを求めることが間違っているのかもしれない。
「――くん。ねぇ、荒川くん!」
「ふえ……って、えぇ!?」
「どうしたの? なにかずっと、一人で考えてるみたいだけど」
「あ、いやー……」
そんな時だ。
またも不意打ちのように、門脇さんに声をかけられたのは。
彼女はもはやクラスの中心人物であり、僕のような一人が好きな人間とは違う場所にいる。それなのに、時たまこうやって声をかけてくるのだ。
いや『違う場所にいるのに』ではない。
彼女はただ『違う場所にいるから』こそ、声をかけてくれるのだ。
門脇麻衣という少女の人となりは、ずっと見ていたから多少なりとも分かっている。彼女はとかく気配り上手で、クラスで孤立する人がでないように気を付けているのだった。つまり、正真正銘のリーダー気質、ということ。
そんな女の子が毎日、ずっと誰とも喋らずにいる僕を放置できるだろうか。
答えは、わざわざ言うまでもない。
「あはは! ホントにキミって、不思議だよね!」
「そ、それはどうも……?」
笑顔がまぶしい。
思わず見惚れてしまうが、すぐに頭上の数字に目が行った。やはりそれは着実に、確実に消費され続けている。僕はその事実が苦しくなり、やや不自然に視線を逸らした。
すると門脇さんは、そんな僕の挙動に違和感を覚えたらしい。
首を傾げ、冗談めかしつつこう言うのだった。
「もしかして、キミって何か見えてるんじゃない?」
「………………!?」
僕はその言葉に驚き、思わず肩を弾ませる。
思い付きの言葉に違いないが、なんとも心臓に悪かった。僕は苦笑しながら首を左右に振って、そのことへ否定の意を示す。
すると彼女は何かを考えるように、しばし腕を組むのだった。
そして、他のクラスメイトに向かってこう告げる。
「ごめん! 今日はちょっと、用事が出来ちゃった!」
明るくも、心の底から申し訳なさそうに。
どうやら他の人とこの後、遊びに行く予定でも立てていたらしい。クラスメイトの一部は残念そうに声を上げるが、仕方なしといった様子で帰宅の準備を始めた。
春先の外はまだ明るいが、時刻はすでに夕方の五時を過ぎている。
僕もそろそろ帰るべきか。
そう思って、すでに準備を済ませていた荷物を手にしようとした。
「待って、荒川くん! お願いがあるの!」
「……え?」
その瞬間だ。
門脇さんが僕の手を取って、こう口にしたのは。
「少しで良いの! ……勉強、教えてくれない?」
どこか上目遣いにそう頼んでくる彼女。
無自覚なのだろうがその瞳は、若干潤んでいるようにも見えた。そういえば彼女は転校してきてすぐ、勉強の遅れを気にしているようなことを言っていたか。
しかし何故、よりによって頼む相手が僕なのだろう。
そう思っていると……。
「聞いたよ。荒川くんって、全国模試でも上位なんだよね?」
まるで心を見透かすかのように。
あるいは、退路を断つかのように門脇さんはそう言った。
「…………分かったよ、門脇さん」
そこまで頼み込まれては、もう逃げられない。
僕はほんの微かにため息をついてから、頷いてみせたのだった。
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