第39話 ご褒美争奪戦、開幕
各々のレベルアップの為、私たちはおじい様からそれぞれの訓練メニューを貰い、訓練を始めた。私は判断力を養うためにおばあ様とチェスをしていたが、休憩の合間、マリーやミーナ、パレッタらと話す事が出来た。その時、パレッタと訓練を頑張ったらご褒美を上げる事を約束したのだが……?
初日の訓練も、日が傾き始める前に終わりとなった。私は相変わらずおばあ様相手に連敗を重ね、皆も訓練に勤しんでいたが、それも今日はここまでだ。
訓練後に軽く体をほぐし、休憩を挟んだ後。食事の準備や風呂の準備をそれぞれ手分けして手伝った。そして夕食時。
私たちは大部屋に無数のテーブルを並べ、そのテーブルを数人で囲う形で食事をしていた。私と同じテーブルには、マリーやミーナ、パレッタらが同席しているのだが……。
「なぁなぁ姉ちゃんっ!」
「ん?どうしたパレッタ?」
「ウチ思いついたっ!姉ちゃんに貰うご褒美っ!」
「ほう?そうかそうか」
と、相槌を打っていたのだが……。
「「は?ご褒美?」」
おっと?何やら傍に居たマリーやミーナが怪訝そうな表情で私を見つめてくる。更に他の連中も今の今まで和気あいあいとした雰囲気だったのに、何か急に静かになったぞ。な、なんか、嫌な予感が。
「お姉さま?ちょっと、そのご褒美について少々お伺いしたいのですが?」
あ、あれ?可笑しいな。ミーナ、いつもみたいに笑みを浮かべているはずなのだが。背後に龍の幻影が見える。は、はは。今日は頭を使いすぎたかなぁ。
「あら奇遇ですねぇミリエーナ様。私も、隊長から直にご褒美とやらについて、話が聞きたいんですよぉ」
あっれぇ?おっかしいなぁ。マリーの方も背後に虎の幻影が見えるなぁ。いつも見たいに笑ってるようなんだが、全然笑ってるように見えないんだよなぁ。お、可笑しいなぁ。
「「お話、聞かせてもらえます?」」
「ひゃ、ひゃい」
二人の怖い笑みの前に、私は情けなくも変な声で頷くことしか出来なかった。うぅ、隊長の威厳が無いが、仕方ないんだ。今の二人には何言ってもダメが気がするから。
「え、えっとだな。実は今日、パレッタの様子を見に行った時に、その、訓練を頑張ったらご褒美が欲しい、という話になってだな?」
「「へ~~」」
私の話を聞きつつ、マリーとミーナは近くにいたパレッタをジト目で見つめている。よく見ると他の部下たちもだ。
「うぅっ」
対して、少しバツが悪そうに視線を反らすパレッタ。
「で?隊長はOK、したんですか?」
「あ、あぁ。まぁこれくらいでやる気に繋がってくれればなぁ、と思って」
「ふ~ん。そうですか」
私の説明を聞いていたマリーは、少しは納得してくれたようだ。だが、直後にあいつは何やら『ニヤリ』と悪い笑みを浮かべたっ!ま、不味いっ!なんとなく、嫌な予感がっ!
「でもぉ、それを言うなら私たちだって隊長からご褒美をもらう権利、ありますよねぇ?」
「えっ!?」
「はっ!?なっ!?」
私が思わず声を上げると、パレッタも声を上げて席を立った。いきなり席を立った所を見るに、それほど驚いている、という事か。
しかし問題は、マリーの言い分だ。正直に言うと……。
「ま、まぁ確かにその言葉にも一理ある、な」
「えっ!?ね、姉ちゃんッ!何言ってるんだよっ!最初にご褒美の話をしたのはウチだろっ!?」
私の言葉を聞くと、なぜかパレッタは声を荒らげた。
「そ、それはまぁ確かにそうなのだが。私としても、やはりパレッタ1人を特別扱いは出来ない、というか」
「そ、そんなぁ」
私の言い分を聞くと、パレッタは残念そうにがっくりと肩を落とした。
「それじゃあ私たちがご褒美を所望しても構いませんよねっ!」
残念そうなパレッタと対照的に、マリーは滅茶苦茶瞳を輝かせていたっ!周囲を見回すと他の部下たちも似たり寄ったりだっ!ま、不味いっ!流石に全員となるとっ!何を要求されるか分からないし、お金がかかる物だとなおさら不味いっ!
「ちょ、ちょっと待てっ!確かにパレッタ以外も褒美が欲しいというのは分かったっ!しかし全員、しかも皆それぞれが納得する褒美となると私にだって用意できるか分からないぞっ!?」
「「「「「え~~~~」」」」」
な、何か部下たちが心底呆れたような顔をしているがっ!それでも無理な物は無理だっ!
「せめて褒美を与えるとしたら上位数人っ!それが限界だっ!」
全員に褒美をやっていたのでは、私が破産しかねないっ!ここだけは譲れないぞぉっ!
「はいっ!じゃあ上位何人までなら良いですかっ!」
と、そこにアリスが突然手を上げ声高に叫んだ。
「うぇ?え、え~っと、そ、そうだな。、3人くらいなら良いかなぁ」
突然の質問に私は思わず答えてしまった。まぁ3人くらいなら何とかなるだろう。うん。……バカみたいに高い酒なんかを何本も要求されなければ、だが。
「はいっ!褒美として何かを買っていただく事は可能でありますかっ!」
「う、うむ。まぁ極端に高い品物でなければ、な」
今度はレオンかっ!というかあいつ、何気に笑みを浮かべているぞっ!もしやこの状況を楽しんでるんじゃないだろうなぁっ!?
「はいっ!じゃあご褒美は何までならありですかっ!」
今度はマリーかっ!って言うか何で挙手制なんだっ!?まぁ良いっ。
「何でも、という訳には行かないが。まぁ要相談、とだけ言っておこう」
なんでもいい、なんて言って。無理難題を頼まれても困る。とりあえずそこは話し合いの末、という事にしておこう。
すると。
「はいっ!」
今度はミーナが何やら顔を赤くしながら挙手し立ち上がった。
「では例えば、ご褒美として『お姉さまと1日デート権』などはありですかっ!」
「えっ!?で、デートッ!?」
急に何を言い出すんだミーナッ!?で、デートって、あのデートかっ!?そ、それは褒美として『あり』なのかっ!?でもデートだぞっ!?私、まだ普通にデートだってした事無いぞっ!ご褒美で部下とデートって何なんだっ!?
「どうなのですかっ!お姉さまっ!」
「うっ!」
顔を赤くしながらも、真っすぐ私を見つめ答えを待っているミーナ。うぅ、ミーナは私とそんなにもデートがしたいのか?確かに、彼女から常日頃好意を向けられているし、断る理由も、私には無い。となれば……。
「ふ、不可能ではない、とだけ言っておこう」
流石に、ストレートにOKを出すのは恥ずかしくて気が引けた。だから私は恥ずかしそうに顔を赤く染め、若干そっぽを向きながら答えることしか出来なかった。
「つまり出来るという事ですねっ!であれば、俄然やる気が湧いてきましたっ!」
ミーナはやる気が出てきたと言わんばかりに、どこか獰猛な笑みを浮かべている。……ホントミーナは逞しくなった気がするが、若干私のせいで方向性が間違ってしまったような気がするのだが。
などと考えていると。
「はいはいっ!」
今度はパレッタが手を上げ席を立った。
「ウチからも質問っ!デートがOKなら、キスもOKだよな!?」
「は?はぁっ!?」
今度はなんだ?なんて思っていた矢先、パレッタの質問は私の予想の、斜め上を行く物だったっ!思わず顔を真っ赤にして声を荒らげてしまうっ!
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てパレッタッ!?そ、それは流石にっ!」
「えぇっ!?デートもOKなんだからキスもOKだろ~!」
私の言葉を聞くとパレッタは不満そうに頬を膨らませる。
「そ~だそ~だぁっ!デートがOKならキスも良いでしょうが~!」
「マリーッ!?」
まるでパレッタに同調するようにマリーまで声を上げ始めたっ!しかもマリーの奴なんか楽しそうな笑みを浮かべてるぞっ!畜生この状況を楽しんでいるなあいつっ!
「「「「キ~スッ!キ~スッ!キ~スッ!」」」」
ってぇ!なんかアリス達女性陣が満面の笑みを浮かべながらキスを連呼しだしたぞっ!?そしてレオンら男性陣はそれを楽しそうに見つめニヤニヤと笑みを浮かべるばかりっ!ま、不味いっ!何だか良く分からんが本能が不味いと私に訴えてくるっ!
「い、いや待てお前たちっ!良いかっ!?キスだぞっ!?褒美がそんなもので良いのかっ!?」
「良いに決まっていますっ!!」
「ミーナッ!?」
何とか皆を説得しようと声を上げた矢先、今度はミーナが拳を握り締めながら声を上げたっ!?思わずミーナって呼んじゃったけど気にしてる場合じゃないっ!
「良いですかお姉さまっ!私たちはお姉さまを好いていますっ!」
「「「「「そーだそーだっ!」」」」」
ミーナの声に反応してマリーとパレッタ、アリス達が声を上げ頷いているっ!そしてそれを楽しそうに見守る男性陣におばあ様。そしてやれやれと言わんばかりのおじい様っ!うぅっ!おじい様たちの前で恥ずかしい思いをするなんてっ!
「お姉さまを愛する私たちにとって、お姉さまとキス出来るという事はそれ自体がご褒美なのですっ!」
「「「「「そーだそーだっ!!」」」」」
「ご理解いただけましたかっ!お姉さまっ!」
顔を赤くしながら力説するミーナの姿に、しかし私は半ば放心していた。彼女達の発言が、色々爆弾発言だったからだ。……なんで私なんかとキスしたいかなぁ。部下たちの考えが全く分からん。
「……驚きで心が少し飽和状態だが、言いたい事は分かった」
部下たちに好かれているのは嬉しいんだが、相変わらずその辺り私の部下たちはどうにもぶっ飛んでいる気がしてならない。そして彼女達の言い分も、まぁ分かった。
それに私たちはここに修行や修練目的で来たのだ。ここでキスを断って彼らのモチベーションが下がってしまうのは避けたい。なので……。
「ハァ。……分かった。それがお前たちの希望だというのなら、私は飲もう」
「「「「「良いんですかっ!?」」」」」
私の返事にパレッタ達が声を荒らげる。がっ!
「だがっ!」
喜びに浮かれる彼女達を制するため、私も声を上げた。
「キスの件は各々私と要相談の事っ!それと無理やりやろうとしてきたら、私も抵抗するし2~3本骨を折られるか4~5発殴られる覚悟くらいはしておくようにっ!良いなっ!」
これだけは譲れないっ!ファーストキスだってまだ経験無いのにそれを無理やり奪われるなんて、まともに交際経験のない私でも流石に嫌だぞっ!
「そっか。確かに無理やりはダメだもんな。ウチはまぁ、それで良いよ」
「パレッタさんの言う通りですね。無理やりなんて言うのは、我欲の押し付けでしかありませんし。純愛とは全くの正反対な行為ですし。私もそれで構いませんわ、お姉さま」
「仕方ないですねぇ。まぁ要相談って事ですし。私も問題ないですよ」
パレッタとミーナは納得したように頷き、マリーも少し不満そうながらも頷いている。アリスら他の女性人たちも、概ね納得しているようだ。
ハァ、ともあれ、これで褒美を理由に無理やりキスをされるような展開は避けられただろう。問題そのものの解決には至っていないが、致し方ない。
などと考えていると。
「あ、あの~~」
「ん?なんだキース」
不意に、少し気まずそうにキースがゆっくりと手を上げていた。
「褒美をもらえるのは上位3人まで、という隊長のお話でしたが。その、誰が皆さんの成長具合を見て順位を決めるんです?」
「「「「「「「あっ!」」」」」」」
そ、そうだったぁっ!キースの言葉に私だけでなくマリーもミーナもパレッタも、女性陣も男性陣もみんな思わず異口同音の声を上げているっ!
「そう言うのは、やっぱり隊長がやるべきじゃ?」
「いや待て待てっ!私だって自分の訓練があるんだっ!流石に皆の事をよく見て評価して、順位をつけているような余裕なんて……」
マリーの言葉に私は即座に答えた。
「じゃあ、どなたが私たちを見て判定を?」
小首をかしげているミーナ。彼女は周囲を見回すが、皆妙案は浮かばないのか唸ったりそっぽを向いたりするばかりだ。
すると。
「あら?だったら主人に見てもらえばどうかしら?」
「えっ?」
不意に聞こえたおばあ様の声。それに思わず私やマリーら全員がおばあ様とその隣で静かに茶を飲んでいたおじい様へと集まる。
「ねぇあなた?どうかしら?」
「私は別に構わないし、そうだな」
おじい様は手にしていたカップを置き、皆を見回す。
「確かに努力の結果に褒美が付いてくるとあれば皆もより一層努力するであろう。それに、お互いが褒美を狙うライバルであれば、競い合いお互いを高め合う関係にもなれるであろう。なので、私は構わないぞ」
「よろしいのですか?おじい様?仕事が増えては負担になってしまうのでは?」
「なぁに。これくらいはお安い御用だ。それに、どうせ他にやる事も無いのでな。何も問題は無い」
「「「「「おぉっ!」」」」」
問題ない、というおじい様の言葉にマリー達は嬉しそうに声を上げた。そして肝心の私は、というとおじい様のライバルという発言に内心同意していた。
確かにただ修練に撃ち込むだけでなく、何かしらの目標のために競い合う関係であれば、ライバルに負けじとそれだけ修練にも熱が入るという物。それが皆の力や技術を高めてくれる結果になれば、何も問題は無い。であれば……。
「分かりました。おじい様、皆の努力の様子を見て、誰が特に頑張っていたのか順位をつけてください。その順位の上位3名に私から褒美を与えますので」
「うむ。では、そういうことだ諸君。今まさに君たちの隣にいる者は、戦友であり同じ釜の飯を食う仲間であるが、ここで修練に励む間はライバルでもある、という事だ」
そんなおじい様の言葉に反応してか、皆が瞬時の傍に居た仲間に鋭い視線を送っている。うん、皆火花をバチバチと散らしているのが分かる。
「ふふっ」
それを知ってかおじい様も少し面白そうに笑みを浮かべている。
「皆、精進する事だな。それぞれ望む褒美のために。今日から皆の隣にいる者たちは等しくライバルである」
おじい様の言葉を聞きながら、皆無言で火花を散らしている。そしてそれを見ていた私は思った。
『不味い約束をしてしまったんじゃなかろうか?』と。しかし過去を悔いても変えられはしない。約束してしまった以上、それを破るのは騎士の所業ではない。
……でもやっぱり変なご褒美をお願いされそうで少しばかり不安になる私だった。
そして夕食後。皆それぞれメイドたちの後片付けを手伝っていた。私も洗い終わった食器を片付けていたのだが。
「私、負けませんからね。お二人にも、皆さんにも」
ん?ふと耳に聞こえてきたのは、ミーナの声だ。なんだ?と思って目をやると、ミーナがパレッタ、マリーの二人と一緒になって皿を洗っていたのだが。
「いやいやぁ、流石に貴族のご令嬢であるミリエーナ様とは言え、ここは譲れませんよぉ。ライバルも多いですからねぇ。私だって、負けるつもりはありませんから」
「あぁ。ウチは精一杯頑張って、絶対姉ちゃんにご褒美貰うんだっ!絶対に負けねぇからなっ!」
う、うわぁ。3人とも今もまだ盛大に火花を散らしている。何だろう?3人の背後にメラメラと燃える炎が見えるような気が。
どうやら彼女達は本気で私から褒美を貰いたいらしい。まぁそれがきっかけでこの訓練を頑張ってくれるのなら、私としても何か言う事は無い。……無いのだが。
『どんな褒美を要求されるのか分からないんだよなぁ』
「ハァ」
もし彼女達3人ともが上位3人として選ばれた場合、どんな褒美を要求されるか。まぁ他にもアリスやキース、レオンも居るから。彼女達3人全員が上位3人に選ばれる可能性は、決して高いとは言えないだろう。
ただ、逆に言えばあの3人全員から褒美を要求される可能性もある訳で。
「ちょっとだけ、不安だなぁ」
何を要求されるか分からない不安に、私はため息交じりにそう言葉を漏らすのだった。
第39話 END
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